たぶん児童書と呼ぶべきではない複雑で深いファンタジー The Lost Conspiracy

Frances Hardinge
576ページ
HarperCollins
2009年9月1日発売
YAファンタジー/(小学校高学年〜高校生

Battle of Kids Booksの中継でご紹介した作品のひとつ。

 

通常であればネタバレを避けるためや自分で発見する喜びを損なわないためにあらすじは最小限にしてますが、この本は非常に良い本であるにもかかわらず、「入り込みにくい」という欠陥があるため、通常よりも詳しく背景を紹介します。ネタバレがありますので、それを避けたい方はあらすじの一部をスキップしてください。

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Gullstruck Islandでは、異なる風習を持つ多様な民族が共存してきた。どんなときにも笑顔を消さないLace民族はかつて異民族間の争いの仲介役として尊重されていた。200年ほど前にCavalcasteという民族が新たに島に移り住んだとき、Lace族は彼らに火山の麓に住んではならないと警告した。それは火山の怒りを買うからである。だが、よく肥えた土地に魅了されたCavalcasteたちはLaceの警告を無視してそこに住み着いた。その後Cavalcasteが一人一人消えてゆくという事件が起こり、Laceが火山の怒りを沈めるために彼らを誘拐して生け贄にしていたことが判明した。これを裏切りとみなしたCavalcasteはLaceを大量に殺害し、Laceはそれ以来島で最も迫害され軽蔑される民族となる。

Gullstruck Islandには、稀にLostと呼ばれる超能力を持つ者が生まれる。Lostは肉体をそこに置き去りにして聴覚や視覚だけを触手のように伸ばすことができる(魂が身体を離れてさまようようなところがあるので、Lostと呼ばれるようになったのだろう)。彼らは天気の移り変わりや迷子を探すことができるために尊重されており、Lostがいる村は依頼客と観光客で栄える。Lace族にはこれまでLostが生まれたことがなかったのだが、島の西の海岸沿いにある貧しい漁村Hollow BeastsにArilou(アリロウ)というLostが初めて誕生する。心がどこかに彷徨ってしまうためにLostはぼんやりしていることが多く、幼いときには発育遅延と間違えられることがある。12〜13才程度と思われるArilouはこれまで意味のある言葉を発したことがなく、Hollow Beasts村の者や肉親ですら彼女がLostだという確信はない。ただ、彼女がそうであれば貧しい村は経済的に救われる。村にとってははっきりさせる必要はないのだが、Lostの認定を受けるためにはテストに合格しなければならない。そのテストをするために2人のLostが村を訪れる。

(ここよりネタバレあり)

Arilouの妹Hathinは自分で自分の世話をすることができない姉の面倒をみるために生まれて来たような少女である。常に影のように寄り添って世話をしていHathinは透明人間のような存在だが、Arilouのために知恵を絞って奔走しているのはHathinなのだった。彼女は、ArilouがLostの試験に受かるために工夫をこらす。

だが、その努力がすべて無駄になる惨事が村を襲う。
テストに訪れたLostと隣村のLostが殺され、ある者の陰謀でLace民族のせいだと思い込まされた隣村の住民たちによりHollow Beastsの住民は虐殺される。
その様子を目撃したHathinは、自分の足でしっかり歩くことさえできないような姉のArilouを連れて火山の方向へ逃げる。なぜなら、火山と親密な関係にあるといわれるLace族は、他民族の知らない危険な逃げ道を口承していたからだ。

Hathinは、Arilouを連れて逃げながら迫害されたLaceが復讐のためだけに生きることを誓う秘密組織に加わる。カエルすら殺せないHathinは立派な復讐者になる素質のない自分を卑下するが、彼女には他の誰にもない才能があった。影のような存在であったHathinは、いつしかLaceのみならず島そのものを救うヒロインになってゆく。

●ここが魅力!

The Lost Conspiracyは、噛めば噛むほど味が出るスルメのようなファンタジーです。最大の問題は、これが児童書だということです。大人でもちょっと読んだだけでは理解できないような複雑な本なのですから。
この本を理解しようと思ったら、 Gullstruck島の歴史を学ばねばならないだけでなく、現実の世界の歴史もある程度知っている必要があります。洋書ファンクラブJr.で指導しているMoeさんにも説明したのですが、特にヨーロッパの白人による世界各地の植民地化の歴史です。また、奴隷制度や文化の差による虐殺の歴史も心得ておく必要があるでしょう。文化が異なれば慣習も常識も異なります。ひとつの民族にとって正しいことが必ずしも他の民族にとってはそうではない。多数の正義や復讐の是非といった複雑な視点を読者に求めているわけですから「児童書」のカテゴリーに入れてしまうのはちょっと無理じゃないか、と私は思うわけです。だからあまり売れていません。

この本で楽しんでいただきたいことのひとつに、それぞれの民族の文化があります。たとえばLaceですが、彼らは生きている間しか名前を持ちません。死ぬと名前を失うので、それを象徴する表現が出てきます。また、暗殺を生業とするAshwalker、死者(先祖)を生きている者よりも大切にするJealousyという町の統率者”The Superior”、Laceの正反対のように笑顔がないSour民族、など異なる風習がストーリーに反映しているところが味わい深いところです。

洋書ファンクラブJr.で小4のMoeさんが地図を描いていらっしゃるので、そちらもご覧ください。

●読みやすさ ★★☆☆☆

物語で重要な背景を理解するまでに相当時間がかかります。
また、比喩が非常に多いのでそれが障壁になる場合もあるでしょう。
決して読みやすいとはいえませんが、読み進めるとだんだん簡単になってきますし、「読んでよかった」と思わせてくれます。

●アダルト度 ★★☆☆☆

虐殺がありますが、生々しい描写というわけではありません。
★★をつけているのは、上記で説明したような理解力が必要な本だという意味です。

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