2010年エドガー賞受賞作 The Last Child

John Hart
ペーパーバック: 432ページ
出版社: Minotaur Book (2010/3/9)
ミステリー/米国南部
2010年エドガー賞受賞作


 

13才の少年Johnny Merrimomの幸福だった人生は1年前に崩壊してしまった。双子のAlyssaが帰宅途中に何者かに連れ去られ、その日娘を迎えに行くことを忘れた父も罪の意識からか姿を消した。母はアルコールとドラッグ中毒になり、地元の有力者のKen Hollowayに囲われ、毎日のように暴力をふるわれている。


祈りに耳を傾けない神に幻滅したJohnnyは、祖先の歴史から学んだインディアンの信仰に頼ってAlyssaを自分で見つけようとする。

Alyssaの事件を担当した刑事のHuntも、この事件に深入りしたあまり家庭崩壊している。妻は家を出て行き、一人息子は自分たちよりもJohnnyとJohnnyの母を大切にするHuntを責め、人格まですっかり変わってしまったようだ。

ある日、Johnnyは車がモーターバイクを追突する事件を目撃する。バイクの男は、「I found her」とJohnnyにささやくが、車を運転していた男が戻って来たために逃げる。バイクの男は死に、解決の糸口は断たれる。そして、同じ頃、もう一人の少女が姿を消した。

●感想

私にとってJohn Hartの作品の最大の魅力は、文章力です。筋書きが面白くても、表現が稚拙すぎて読めないミステリーが多いなか、Hartの作品は安心して読むことができます。
次の魅力は、彼が描く南部の雰囲気にどっぷり浸れることです。
ニューヨーク市など大都市を舞台にしたミステリーは多いので、南部で育ったHartの作品にはある意味で新鮮な味わいがあります。

たとえば、美しくて、繊細で、ただひたすら非力な女。そういった女に惹かれ、助けるために苦難に黙って耐え、すべてを投げ出してしまう男。こういった「男らしさ」と「女らしさ」は、非常に南部らしいと言えます。

今回は、南部の奴隷の歴史についても触れています。黒人だけでなくインディアンも奴隷に使われており、彼らの混血がいたというのは事実です。実際に私の知人が祖先を調べて、インディアンとの混血だったということが分かっています。ただし、 地域の活動を通じて奴隷を祖先に持つ人々の意見を聴いてきた者としては、 The Last Child の根底にあるJohnnyの祖先と 黒人の大男Levi Freemantleの役割に複雑な思いを抱きます。南部の作家たちは、よく自分たちの過去を言い訳する(書き変える)ような物語を書きます。私が気になったのは、そんなところです(abolitionistとは「奴隷廃止論者」のことです)。

また、Johnnyのキャラクターはとても魅力的でしたが、その他の登場人物がいまいちでした。それも残念だったところです。

Hartは前作のDown Riverでもエドガー賞を受賞しており、3作書いて2作がエドガー賞という驚くべき実力です。私のように歴史についてあれこれ考えなければ、とても読み応えがあり、感動すると思いますので、おすすめします。

●読みやすさ 普通

普通のミステリーに比べると文章は難しいほうです。場面も切り替わりますし、多くのサブプロットがあって混乱するかもしれません。これだけだと「難しめ」のレベルです。

けれども、一般的なミステリーに比較すると「良く書けている」ためにぐいぐい引き込まれ、文章としては難しめであっても、読みやすく感じる人がいると思います。
したがって、それらを平均して「普通」レベルにしました。

●対象となる年齢

暴力はありますが、あからさまな性描写はありません。中学生以上

 

2 thoughts on “2010年エドガー賞受賞作 The Last Child

  1. こんばんは。私もつい最近読みました。初めてのJohn Hart作品です。とても面白かったので、一気に読めました。英語学習者にとてもいいなあと思いました。
    渡辺さんの感想を読ませていただいて、腑に落ちないところがすっきりしました。主人公の母親の設定が気になって。男性作家だからこんな風に描くのかなあとちょっと不満を持ちながら読んでいたんですが、南部の風潮なんですね。なるほど、ありがとうございました。
    私はabolitionistのことはよく知らなかったので、勉強になりました。
    おもしろかったので、Down Riverも読んでみようと思います。こういう本を読むと、「あ、ちょっと読めるようになってる?」と思えてうれしいです。

  2. こんにちは、angelさん。
    John Hartが一気にお読みになれるのであれば、たいていの推理小説は大丈夫だと思います。
    主人公の母親の人物像ですが、南部の風潮というだけでなく、著者が男性だってこともあるでしょうね。著者の好みの女性なのかも…と思ったりします。
    私はDown Riverのほうが面白いと思いました。お楽しみに。

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