ジュンパ・ラヒリの最新作は、インド独立後のベンガルで始まる悲劇的な大河小説『The Lowland』

著者:Jhumpa Lahiri

ハードカバー: 352ページ

出版社: Knopf

ISBN-10: 0307265749

発売日: 2013/9/24

難易度:上級レベル(英語ネイティブが普通に読むレベル)

適正年齢:PG15(高校生以上、性的なコンテンツあり)

ジャンル:文芸小説/歴史小説(第二次大戦後インド)/大河小説

キーワード:Naxalites、移民、女性問題、アイデンティティ


 

第二次大戦と独立後のインド Calcutta(現在はKolkata,コルカタ)の郊外で育った兄弟SubhashとUdayanは、正反対の性格でありながらも親密な仲だった。兄のSubhashは両親の言いつけを守る従順な性格だったが、2歳年下のUdayanはルールや権力をことごとく無視していた。だが、両親が特別な愛情をそそぐのは、なぜか反抗的で奔放なUdayanのほうだった。


大学に進んだUdayanは、社会的正義に興味を持ち、当時西ベンガルで盛んになっていた共産主義のNaxalite(ナクサライト)運動に関わるようになる。首都変遷、戦争、飢饉、分離独立による経済の破綻と難民流入で、Calcuttaには大卒の兄弟が就ける仕事はなかった。二人でアメリカの大学院に行くと決めたはずなのに、Udayanはインドに残ることを兄に告げた。

(ネタバレがあるので、続きは白文字で書いています。読みたい方はカーソルで範囲を指定してください_

UdayanはNaxaliteの活動に深入りしてゆくいっぽうで、友人の妹Gauriと恋におち、両親の承諾なしに結婚してしまう。親が決めた結婚相手と結婚するのがならわしなので、Udayanの両親は怒り、失望し、その結果Gauriを憎む。それなのに若い夫婦は経済的な理由と旧来の風習からUdayanの両親と同居することになる。

アメリカ ロードアイランド州の大学院に入学したSubhashは、アメリカに住んでいながらも親が決めた相手と結婚することを決意している。かすかな恋のような体験もするが、結局は故郷のしきたりから抜けられず、新しい土地に完全に馴染めずにいるSubhashは、自分に秘密を持ち、心の距離を持つようになったUdayanに複雑な思いを抱えている。そこに、Udayanが死去したというニュースが入る。妊娠しているGauriの立場に同情したSubhashは、彼女と生まれてくる子どもを守るために、亡き弟が残した妻を自分の妻としてアメリカに連れ戻すことにする。だが、GauriはSubhashと生まれてきた娘に愛情を抱くことができない。

 

著者ジュンパ・ラヒリのこれまでの作品はいずれも素晴らしく、『洋書ベスト500』に収めた『Interpreter of Maladies』と長編の『The Namesake』は色々な人に熱心に薦めてきた。

この作品も素晴らしいところはあるのだが、前出の2作に比べるといまひとつ楽しむことができなかった。

というのは、一時期最も繁栄していたCulcatta(現在のKolkata, コルカタ)が、数々の出来事によって凋落していった様子とか、NaxaliteにはまりこんでいったUdayanの心情とか、Gauriの行動の理由などが、リアルに伝わってこないのである。少し距離を置いた静かな文章は美しいが、読者を引き込んでくれないので、長編では疲れるのである。また、どの登場人物にも感情移入ができなかったのが残念だった。特に、インドで生まれ育ち、アメリカに来て学び、専門職を得た女性であるGauriの描き方がいまだに疑問である。

また、終わりのいくつかの章が、いつまでもダラダラと続く後日談に感じたのも気になった。

といった残念な部分はあるが、それでもThe Lowlandは読む価値がある作品である。

独立前後のベンガルの様子や、Naxaliteの運動など、私たち日本人があまり知らないインドの歴史について興味を抱かせてくれる。調べてみると、ベンガルで多くの人々が飢え死にした原因のひとつが、1942年と44年の日本軍の爆撃とビルマ占領にあったようだ。当時のカルカッタはビルマからの食料の輸入に頼っており、それが断たれたことと、自然災害、政治的な問題が重なり、1943年の大飢饉で、1.5〜4百万人が飢えと病気で死んだという。そして、私たちが「良いこと」として認識しているインド独立は、イスラム教徒とヒンズー教徒が平和的に共存していた土地を引き裂くことになったのだ。

そんな歴史や、アメリカでの移民のアイデンティティ、親子関係、愛情などのテーマが沢山盛り込まれた大作である。

 

 

 

 

2 Comments

  1. 『The Namesake』は映画を観たような覚えがありますが、この作者の本を読んだのはこれが初めてです。渡辺さんがおっしゃるように静かな筆致で「心を揺さぶられる」という感じではありませんでしたが、家族4世代の大河小説で読み応えがありました。インドの歴史や文化についてもいろいろ勉強になりました。いちばん若い世代のMeghna(Gauriの娘のBelaの娘)がどんな人生を歩むのか気になります(・・・なんて言っていては、さらに「大河」になりますね)。

  2. Sparkyさん、
    そうですね。次の世代のMeghnaの人生は、たぶん彼女の前作のような感じになっていくのでしょうね。
    いろいろ入っていて面白いといえば面白いのですが、作品としてどうか、という気はしました。短編は間違いなくいい作家ですけれどね。

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