北朝鮮の市民をマジックリアリズムで描いた『The Orphan Master’s Son』

著者:Adam Johnson

ペーパーバック: 480ページ

出版社: Random House Trade Paperbacks

ISBN-13: 978-0812982626

発売日: 2012/8/7

適正年齢:PG15(高校生以上、バイオレンスあり)

難易度:最上級レベル(非常に難しい。英語ネイティブでも把握するためには努力が必要)

ジャンル:文芸小説/風刺小説

キーワード:マジックリアリズム、北朝鮮、スリラー、ヒロイズム、愛

2013年ピューリッツァー賞

北朝鮮は外部からの観光客も受け入れているが、北朝鮮人ガイドの付き添いで特定の場所を訪問することしか許されていない。そのような観光では、北朝鮮国家が見せたいイメージだけしか見ることができない。一般市民が外国人と直接話すことは違法であり、外国人が彼らについて知る機会はもちろんない。北朝鮮に興味を抱いていた著者Adam Johnsonは、自ら北朝鮮を訪問したときにそれを強く実感し、入手可能な情報を集めたうえで想像力を駆使し、マジックリアリズムの手法で、北朝鮮の「ふつうの個人」を描いたのである。

3つの異なる語り手による話が交錯し、現実と幻想が入り交じるこの小説は、ネイティブでも混乱しやすいようである。読みやすくするために、次に簡単に解説を書くが、ややネタバレもあるので、白文字で書いた。読みたい方は、カーソルでエリアを選択して読んでいただきたい。


 

語り手

①Jun Do:主人公のOrphan Master's Son。

②プロパガンダの一部として国民に向けて拡声器で流される物語。Jun Doの物語を国家がフィクションにしたもの。

③Commander Gaというアイデンティティを継承したJun Doの尋問者。尋問者なのだが、自分のことをBiographer(伝記作家)と捉えている。

 

主要な登場人物

Jun Do:主人公

Commander Gaのbiographyを書こうとしている尋問者

Commander Ga: 国民的英雄で金正日(Kim Jong Il)のライバル.

Sun-moon: Gaの妻で、有名な女優。金正日の持ち物だったが、英雄になったGaが報奨として公に要求したために金正日はしぶしぶ引き渡した。Jun Doが昔から憧れていた女優。

 

小説の概要

Part One: The Biography of Jun Do

孤児収容所所長の息子だが、孤児と同様に育てられたJun Doが、日本人を誘拐する仕事から始まり、拷問や紆余曲折を経てアメリカ訪問団の一員になり、不明の理由でprison mine(ウランの採掘を行う刑務所)に送り込まれるまでの波乱に満ちた半生が語られる。

 

Part Two: The Confessions of Commander Ga

テコンドーのチャンピオンでMinister of prison mines(採掘刑務所を管理する大臣)のCommander Gaは、Kim Jong Il (金正日)にとって目の上のたんこぶ的なライバルだった。Jun Doは、そのCommander Gaをウラン鉱で殺害し、Gaのアイデンティティを継承することになる。

Gaのアイデンティティと彼の家族を受け継いだJun Doのストーリーと、拡声器で流されている偽物のCommander Gaの物語、偽物のCommander Gaを尋問する名も無き尋問者の語りで、物語が進んでゆく。

最初は「北朝鮮を舞台にした小説なんか読みたくない」と思っていた私だが、読書に関して非常に信頼するThe End of Big の著者Nicco Meleから「すごく良かった。読むべきだ」と言われ、「これを読まずして年は越せないで賞」の審査員春巻さん)からも同様の意見を耳にしたので、試してみることにしたのだ。最初は何が起こっているのか分かりにくく、そのために入り込みにくいが、いったんマジックリアリズムのリズムがつかめると、面白くなってくる。

拡声器で語られる物語、尋問者の拷問の正当化、北朝鮮や金正日に対する敬愛の表現などは、滑稽な茶番としかいえない。だが、その茶番に笑いよりも心臓が凍りつくような恐怖を感じる。そして、その恐怖に抑圧された場でも消えない普通の人々の愛や自由への渇望、ヒロイズムに胸を動かされる。こういったテーマでこれだけの小説を書いた作者に敬意を感じずにはいられない。

 

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