するする読んでウォール街とシリコンバレーの金の仕組みを学べる超娯楽的な金融小説 The Underwriting

著者:Michelle Miller
ハードカバー: 384ページ
出版社: G.P. Putnam’s Sons (2015/5/26)
ISBN-10: 0399174850
発売日: 2015/5/26
適正年齢:PG15+(高校生以上、性的シーンあり)
難易度:中級+(学校では教えない砕けた表現やビジネス専門用語はあるが、シンプルで読みやすい)
ジャンル:娯楽小説、金融スリラー
キーワード:ウォール街、シリコンバレー、起業、IPO(株式公開)、ソーシャルメディア

ウォール街のインベストメント・バンク「L.Cecil」で出世街道を進むTodは、自分が学歴、収入、ルックス、すべての面で女性にとって抗い難い魅力的な男だと自覚している。結婚や真面目な交際に興味がない彼にとって、いつでも自分のタイプにあったベッドインの相手をみつけられるiPhoneのアプリケーション「Hook」は欠かせないソーシャルメディアだ。

そのHookの創業者でCEO(最高経営責任者)のJoshが、IPO(株式公開)のアンダーライティングをEメールでTodに依頼してきた。通常のやり方を無視して自分のやり方を強固に要求するJoshにTodは戸惑うが、評価額180億ドル($18 Billion)のホットな会社を上場する類まれなチャンスを逃すつもりはない。これを果たせば、年上の競争相手を飛び越えてL.Cecilで自分の部署を持つことができるかもしれないのだ。Todは、Joshの要求どおりに少人数チームを集めてHookの株式公開の準備を始める。

Todがチームの一員に選んだのは、スタンフォード大学の後輩Taraだ。
Taraは大学時代に酔ってTodと関係を持ったことがあるがそれ以来まったく交流はない。だからHookのアンダーライティングのメンバーに選ばれたことに驚く。Todの動機や自分の野心を疑うTaraだが、女性CEOにすら注目されるようになって成功を狙おうとする。

HookのCFO(最高財務責任者)のNickは、アンダーライテイングのチームが学生時代に自分をばかにしたTodとデートを断ったTaraだということに驚く。けれども、じきに彼らに優越感を抱く。昔がどうあれ、今は株公開のあかつきには何億ドルも手にするCFOだ。

TodとTaraを言いなりにできるのを楽しみにしていたNickは、CEOのJoshが株公開で重要な役割を果たすべきCFOのNickを無視して独断でいろいろなことを決めてしまうのに憤り、Joshを排除することを企む。

そのうえ、マスメディアのイメージが重要なときにHookが関連していると思われる殺人事件が起こる…。

***

トマ・ピケティの『21世紀の資本』が日本でベストセラーになったのは、「富の集中」による格差社会を身近なものとして捉える人が増えているからだろう。アメリカのトップ1%の富裕層への批判が多いが、その大半は何世代も富を蓄積したオールドマネーではなく、ウォール街を中心にした金融関係者と起業家たちなのである。

私はバブル時代の日本で、初めて証券会社や投資銀行といった海外資本の金融機関に務める若者たちと出会い、その傲慢さに辟易したものである。それ以来この業界の人と30年近く身近で接してきたが、「世界を動かしているのは自分たちだ」という態度にはいまだに慣れることができない。

全員がそうだとは言わないが、この業界にはそういうタイプが多い。不思議に思ってきたが、そのうち環境の悪影響だと思うようになった。競争に勝つことが唯一の美徳である場所では、徳などというものは何の価値もない。そして、普通の人が一生かかっても関わる機会がない大金を一瞬にして動かす仕事をしているうちに、それが自分自身のパワーだと信じて疑わないようになるのだろう。また、そうでなければ生き残れない世界なのだ。

ウォール街とシリコンバレーにどっぷり浸かってきた著者のMichelle Millerが書いたこの小説を読むと、私の推察は間違っていなかったようだ。Michelleも、登場人物のTaraのように傲慢な男性たちから屈辱を受け、失望し、ボロボロになってウォール街とシリコンバレーを去ったのかもしれない。

David Meerman ScottとMichelle Miller
David Meerman ScottとMichelle Miller

アドバンスコピーを読んで「これは夫が好きそうな本だな」と思って渡したら、読み終わった本を株式公開をしたばかりのCEOの友人に送ったくらい気に入ってしまった。そればかりか、ニューヨーク出張のときに著者と会ってきた。そのときに彼が聞いた裏話がとてもおもしろいのだが、ここでは公開できなくて残念。

本小説The Underwritingの面白さは、二つに凝縮されている。

ひとつは、大金を手にするために驕りきっている若いウォール街のバンカーとシリコンバレーの起業家の姿をあからさまに描いているところである。同じ学歴でも男尊女卑があからさまで、アメリカ全体とくらべて古い体質がまだ残っている世界だとわかる。

この本には「小説だから誇張しているのではないか?」と疑いたくなるようなキャラクターばかり出てくるが、若い頃にウォール街で働き、現在では多くの起業家や金融関係者と付き合いがある夫が「まさにそのもの!もっとひどいのもいる」と感心していたので誇張ではないようだ。

もうひとつは、Facebookなどの会社を設立することで信じられないほどの大金持ちになれるアメリカの仕組みがよくわかることだ。IPO(株式公開)がどんな意味を持つのか、創業者たちがどうやってお金を得るのか、教科書的な本はほかにもあると思うが、素人はそんな専門書は読みたくない。でも、この本の登場人物たちを追えば、プロセスがすんなり頭に入る。それだけでなく、何億ドルの金持ちになることと、無一文になることが、ほんの紙一重のアメリカの起業の実態もよくわかる。

そして、おまけだが、Hookというデート相手を見つけるソーシャルメディアが面白い。ただの「出会い系」ではなく、登録者が知り合いをAmazonのようにレビューできるようになっていて、FacebookやTwitterのように相手をブロック(フレンド解除?)のようなこともできるのだ。そういうhookup(不特定多数とのカジュアルなセックス)をする現代の若者文化を反映したソーシャルメディアは決して現実離れではないだろう。ニューヨークでは女は30歳を超えると賞味期限が切れてしまうから結婚の可能性が激減するとか、ニューヨークでは女は徹底的に痩せていないと相手にもされないけれど、サンフランシスコはそうではないとかいうトリビア的な興味深い情報もある。

ミステリも含まれているが、それよりもセックス&ドラッグつきの「アメリカの若い成金」を暴くところが面白いページ・ターナーであり、映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』、『ソーシャル・ネットワーク』、『プラダを着た悪魔』を連想させる。

「登場人物が嫌な奴らばかり」というのも、かえって謳い文句にできるかもしれない。

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