ボブ・マーリーの暗殺未遂事件を中心に、ジャマイカの血みどろの歴史を描く2015年ブッカー賞受賞作A Brief History of Seven Killings

著者:Marlon James
ペーパーバック: 704ページ
出版社: Oneworld Publications (UK版)/Riverhead Books (US版)
ISBN-10: 1780746350(UK)/1594633940(US)
発売日: 2015/6/4(UK版)、2015/9/8(US版)
適正年齢:PG 15+(バイオレンス&セックス)
難易度:非常に難しい(ジャマイカ英語なので、英語ネイティブでも慣れるまでは読みにくい)
ジャンル:文芸小説/歴史小説(1950年代から1990年代)
キーワード:ジャマイカ、キングストン、Tivoli Garden、ボブ・マーリー、One Love Peace Concert、Rastafari Movement(ラスタファリ運動)、People’s National Party(PNP)、 Jamaican Labour Party (JLP)、コカイン
文芸賞:2015年 ブッカー賞受賞作

50代後半以上の人なら、1978年にボブ・マーリーがジャマイカのキングストンで行った「One Love Peace Concert」のことを覚えているかもしれない。People’s National Party(PNP)とJamaican Labour Party (JLP)という二つの政党の対立が内戦化していたジャマイカに平和をもたらすためにボブ・マーリーがキングストンで行ったコンサートだ。

そのステージで、PNPとJLPのリーダーの手を繋がせたマーリーのイメージは多くの人々の心に焼き付いている。

だが、その2年前にも、同じようなコンサートが企画されていたのだ。

1976年12月、当時の首相だったマイケル・マンリーは、「Smile Jamaica」というボブ・マーリーによる無料のコンサートを発表していた。マーリーがそれを受けたのは、政治的対立による殺し合いを止めて、ジャマイカに平和をもたらしたかったからだ。

ところが、そのコンサートの2日前、武装したギャング団がマーリーの自宅に押し入り、マーリーと妻、マネジャーを銃撃したのである。妻とマネジャーは重体だった(後に回復した)が、胸と腕を撃たれたマーリーは、怪我にもかかわらず8万人の観衆の前でコンサートをやり遂げた。

2015年ブッカー賞を受賞したこの小説は、この1976年のボブ・マーリー暗殺未遂事件を中心に、ジャマイカとジャマイカ人たちの血みどろの歴史を描いたものだ。

当時、PNPとJLPのどちらの政治リーダーもギャングを利用しており、その抗争の場はジャマイカで最も危険な土地として知られる、ゲットーで犯罪の巣窟のTivoli Gardensだった。マーリーを殺そうとしたのは、彼がPNPの首相をサポートしていると信じたゲットーのギャングだったとみなされている。

Jamesの小説の中では、マーリーは「The Singer」と呼ばれ、キングストンのTivoli Gardensは「Copenhagen City」、ニューヨークに縄張りを広げた麻薬売買のギャング団Shower Posseは「Storm Posse」と誰にでもわかるように呼び替えられている。

歴史は、教科書でリニアに描かれるほど単純ではない。多くの人々による無数の相互作用や連鎖反応で出来上がっているので、「原因と結果」「真相」を明確にするのは不可能だ。目撃者も、無意識に自分の視点で事実を歪める。歴史学者も個人的見解で「解釈」する。だから、ノンフィクションであっても、結局はどこかフィクションなのだ。教科書とノンフィクションに描かれているのが真実だという思い込みはときに危険ですらある幻想だ。

このBrief History of Seven Killingsは、そういった「歴史」の捉えがたい特性をふまえたうえでフィクションとして割りきって再現された1976年から1991年までのジャマイカの姿である。

ギャングのボス、若い下っ端ギャング、CIA、ローリングストーン誌の記者、The Singerの愛人…など10人以上の登場人物の視点がモザイクのように組み合わせられていくうちに、歴史が見えてくるというスタイルだ。元政治家の幽霊も、死んだ後でもジャマイカから目をそむけられずにコメンテーター的に現れる。

それにしても、入り込むのに苦労した小説だった。読了するまでにいつもの2倍以上かかった。

最初にリストアップされた登場人物だけで70人以上にもなるので、まず誰がどういう立場なのかを把握するまでに時間がかかる。そのうえ登場人物の多くが使うのはストリートギャング的なジャマイカ英語なのですぐには意味がわからない。

それに、ジャマイカ人は謎々のような表現を好むようである。アメリカ人記者の質問に対するインフォーマーの答えでもこんな感じだ。

Because after Tuesday come Wednesday. And what you do on Tuesday change the type of Wednesday that going come to you.

最初はオーディブルで聴き始めたのだが、半分くらいしか聴き取れなかったので、3章くらい聴いた後で、最初からキンドルで読み返した。

そうやってオーディブルとキンドルを行き来しているうちに慣れてきて読むスピードが上がり、ジャマイカ特有の表現が面白くなってきた。

そのうちに、ゲットーの若いギャングの下品で残酷な台詞ですらまるで音楽のように響いてくる。

特に、コカインと襲撃のアドレナリンで高揚している若いギャングの次の内声は、詩そのものだ。

It need to happen this need to happen I take two line

Three line four line

This going to happen

I think to grab the gun and start shooting

That would make people start moving

Wheeper start looking

At me, you, ‘low the bombocloth gun

Says something about cokehead

You is the cokehead, cokehead

Want to tell him what this fucking cokehead going

Do next but is cool runnings

Cool runnings, cool like a dead idea

現代詩、文芸小説、歴史小説としての面白さだけでなく、犯罪小説やスパイ小説のようなスリル感も得られる。
ときどきブッカー賞の受賞作にはがっかりさせられるのだが、この小説は読んでいて本当に面白かった。

読了後も、頭の中で”Jah live”とか”bombocloth”といった言葉がジャムセッションのように鳴り響き続けている。

時間をかけて読む価値がある1作だ。

4 thoughts on “ボブ・マーリーの暗殺未遂事件を中心に、ジャマイカの血みどろの歴史を描く2015年ブッカー賞受賞作A Brief History of Seven Killings

  1. ブッカー賞受賞作は図書館の棚に戻ってくるまでに一年ほど待たないといけないことが多いのですが、今回は早かったです。「人気がないのかしら」と思って読み始めたら、やはり曲者でした。後半、話がどんどんつながっていくのが快感でおもしろく読みましたが、英語力不足や背景知識の乏しさから全然理解できないところもたくさんありました。食べたことのないジャマイカ料理を「おいしい、おいしい」と最後までがつがつ食べて満足したものの、消化不良でちょっと苦しい思いをしている、といったところでしょうか(笑)。個人的には、名前を次々に変えて登場する女性の人生にいちばん心を引かれました。

  2. Sparkyさん

    私も彼女の人生に心ひかれました。名前を変えてるけれどあの人だってけっこう最初からわかりますよね。
    そして、話し方を本人が努力して変えてたところも。
    それも著者のすごく上手なところだと思いました。

    しかし、ジャマイカ英語ほんと難しいですよね。「はあっ?」で感じで。
    でも、英米の英語ネイティブでもそうだと思うので、「東北弁の本を読んでいる感じ」で全部わからなくてもいいんじゃないかって思いました。

    今年はブッカー賞好きの読者からはちょっと外れた作品だったから借りる人も少なかったのかも、ですね。
    だっていつもより娯楽的ですから。
    そして、ジャマイカというのも、「高尚な」読者にはアピールしないのかも。

    私はその点がじつは面白かったのですけれどw

    ではまた〜。

    渡辺

Leave a Reply