行動経済学をメジャーにした2人のユダヤ人心理学者の複雑な友情『The Undoing Project』

著者:Michael Lewis (Flash Boys
ハードカバー: 362ページ
出版社: W W Norton & Co Inc
ISBN-10: 0393254593
発売日: 2016/12/6
適正年齢:PG15
難易度:上級(ボキャブラリは上級だが、日本人にはわかりやすいタイプの文章)
ジャンル:ノンフィクション
キーワード:行動心理学、行動経済学、プロスペクト理論、ノーベル経済学賞、ユダヤ人、イスラエル、ビッグデータ、エビデンスに基づいた医療(evidence-based medicine, EBM)

行動心理学、行動経済学、ビッグデータ、エビデンスに基づいた医療(evidence-based medicine, EBM)といった単語は、それらに関心がない人でも一度は目にしたことがあるだろう。インターネットでは毎日のように見かけるし、これらをテーマにした本は数え切れないほど出版されている。

だが、これらの元になる理論を提供した2人のユダヤ人学者のことを知る人は少ない。

データを統計学的な観点から分析して戦略を立てるセイバーメトリクスで球団を一流にしたオークランド・アスレチックスを紹介するヒット作『Money Ball(邦訳版:マネー・ボール)』の著者マイケル・ルイスですら、この2人について知らなかったという。

Money Ballを読んだ学者からDaniel Kahneman(ダニエル・カーネマン)と Amos Tversky(エイモス・トベルスキー)という学者のことを教わったルイスは、そのときからこの2人のユダヤ人学者について取材と執筆を続けてきた。この本はその集大成なのだが、ルイスらしく、行動経済学をテーマにしたヒューマンストーリーだ。

ダニエルとエイモスのどちらも、1930年代に現在のイスラエルで生まれ、ナチスドイツの影響を直接受けたユダヤ人だ。エイモスは、学者でありながらも戦争のたびに前線で闘ったイスラエル国防軍の英雄でもある。

誰からも超越した天才として尊敬されていたエイモスは、他人の目を気にしない毒舌ながらも人気者で、楽観主義者だった。それとは対称的に、ダニエルは他人の目を常に気にする悲観主義者だった。まったく共通点がないような2人なのに、エイモスとダニエルは伴侶よりも互いの心を読み合うほどの親友になり、多くの斬新な理論を編み出し、一緒に多くの論文を書いた。
それらの論文は、2人ですら、どちらがどの部分を提案して書いたのかわからないほどだったという。

だが、アメリカの有名大学がエイモスだけを優遇するようになり、伴侶が嫉妬するほどの強い友情に亀裂が入るようになった。距離が離れることで、これまで問題にならなかった二人の違いが浮き彫りになってきたのだ。ついに二人は袂を分かち、再び交流するようになったのは、エイモスが悪性黒色腫で余命わずかと宣告されてからだった。

エイモスは1996年に59歳の若さで死去し、その6年後にダニエルはノーベル経済学賞を受賞した。90年代にノーベル賞受賞が囁かれたのは天才肌のエイモスのほうだったのだが、ノーベル賞は故人には与えられない。歴史に名前が残ったのは、奇しくも天才のパートナーに劣等感を持ち続けたダニエルのほうだったのだ。

ふだんのルイスのノンフィクションに比べると、まとまりに欠ける部分が目立つ。もっとダニエルとエイモスのストーリーに集中するべきだったと感じた。不満はあるが、全体的には興味深い本だった。

また、ビッグデータやエビデンスに基づいた予測が大きくハズレた2016年の大統領選挙の結果を思うと、なかなか皮肉なものだ。天才のエイモス・トベルスキーが生きていたら、どんな新理論を作るのだろう? それも聞いてみたいものだ。

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