英国ビクトリア時代を舞台に、科学、宗教、迷信、フェミニズム、ゴシック、ロマンスが織り込まれた濃い文芸小説 The Essex Serpent

作者:Sarah Perry
ペーパーバック: 448ページ
出版社: Serpent’s Tail(USではハーパーコリンズのCustom House)
ISBN-10: 1781255458
発売日: 2017/4/20
適正年齢:PG15
難易度:超上級(英語そのものは読めても、文芸小説になれていないと、その根底にある意味や意図を理解するのは難しい)
ジャンル:歴史小説/文芸小説
キーワード:ビクトリア時代、エセックス、シーサーペント(大海蛇)、自然科学、キリスト教、迷信、ゴシック、医学、フェミニズム、自閉症、家庭内暴力、ロマンス
賞:British Book Awardsフィクション部門受賞、Waterstones Book of the Year、 Costa Book Award最終候補

妻が夫の所有物だったイギリスのビクトリア時代、裕福だが暴力的な夫が病死し、未亡人のCoraはようやく安全と自由を手にした。科学への知的好奇心と論理的思考を持つCoraは、19歳の若さで結婚して以来それを抑え込むしかなかったのだが、これで心置きなく研究ができるのだ。Coraは、自閉症スペクトラムを想像させる扱いが難しい息子Francisと住み込みのお手伝い兼友人のMarthaとともに、ロンドンからEssexの海沿いの町を訪問することにした。

あたかもそのとき、Essexでは300年ぶりに伝説の怪物シーサーペントが舞い戻ったという噂が立っていた。目撃情報やサーペントに殺された者がいるというのだ。だが、科学的な思考をするCoraは迷信などは信じず、これまで発見されていなかった新しい生物ではないかとかえって興味を抱く。

地元Essexの牧師であるWilliam Ransomも住民の迷信には懐疑的だった。だが、彼は宗教が与える安心感こそが解決策だと信じている。その安心感がないと人々は悪魔を作り出すものであり、人が論理的な思考を保つためには科学ではなく神を信じるしかないとWilliamは考えている。

繊細で美しい妻を持つWilliamは、裕福なのに身繕いを気にせず、男物のコートと長靴を履いて標本を集めるCoraに対して最初は敵意に近い感情を抱く。Coraの科学的な信念と率直すぎるほどの意見に対しても。
しかし、CoraとWilliam、そしてWilliamの妻Stellaは微妙な友情と愛情の三角関係を作っていく……。

The Essex Serpentは非常に中身が濃い。
ビクトリア時代のイギリスの科学や宗教だけでなく、フェミニズムや社会主義の状況も垣間見ることができる。
Cora, William, Stellaだけでなく、Coraのコンパニオン(当時、貴族や裕福な女性は単独行動を取らないために付き人のような役割の人を雇用していた)であるMartha、息子のFrancis、長年Coraに恋をしてきた外科医のLuke、Lukeの友人Gerogeなど、登場人物それぞれにしっかりとした役割があるのも魅力だ。

読後にも頭の中で登場人物が行動し続ける味わい深い小説だ。

4 thoughts on “英国ビクトリア時代を舞台に、科学、宗教、迷信、フェミニズム、ゴシック、ロマンスが織り込まれた濃い文芸小説 The Essex Serpent

  1. この小説は、私がいつも図書館に持っていく「読みたい本リスト」に入っている一冊です。さすがに人気で、まだ図書館で見かけたことがありません。いつ読めるかわからないし、難しそうですが、渡辺さんの書評を読んでますます楽しみになりました。

  2. Sparkyさん、
    私はオーディオブックを図書館で刊行前から予約していたので、すぐにゲットできたのですが、オーディオブックの声が好きじゃなくて、結局Kindleで買って読みました。
    そういうことって、けっこうあるんです。これは文字で読むべき本だと実感。

  3. やっと読めました。本当に盛りだくさんな内容ですね。感想を書こうにも、頭の中でうまくまとまりません。Cora と Willと Stella の関係は「いや、もっとドロドロするでしょう?」と思いながらも、なぜか説得力があって不思議な感じ。登場人物にはみんな嫌なところや欠点があって、でも人間味があって好感がもてます。ロンドンの住宅事情や階級格差の描写には、現代も同じだと感じるところがたくさんありました。Essex Serpent に関する謎にも引き込まれるし、その正体の暴き方もうまいと思いました。文体が美しくて、うっとりするような小説でした。

    1. ほんとうに一言で言い表せない本ですよね。
      こういう小説がちゃんと売れ続けることが、英語圏での書籍の未来を楽観視させてくれます。
      日本語で小説を読まなくなって久しいのですが、じっくり時間をかけて書けない状況になっており、読み手の読解力も劣化しているような気がします。

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