リベラルなアメリカの理想郷の偽善を露わにする人間ドラマ Little Fires Everywhere

作者:Celeste Ng (Everything I Never Told You)
ハードカバー: 352ページ
出版社: Penguin Press
ISBN-10: 0735224293
発売日: 2017/9/12
適正年齢:PG14(高校生以上。ティーンのセックスも扱っている)
難易度:上級(ストレートな文章なので読みやすい)
ジャンル:文芸小説
キーワード:家族関係、親子関係、異人種間の関係、思春期の心理、移民、代理母、社会経済的差別、心理スリラー

1990年代のビル・クリントン大統領の時代、オハイオ州クリーブランド市の郊外にあるShaker Heights町は、リベラルな思想の住民が集まる理想郷とみなされていた。

ある朝、その町でも裕福な地区にあるRichardson夫妻の大邸宅が焼け落ちた。
原因は放火であり、家族は末っ子のLizzyだと確信していた。

だが、なぜLizzyは自分の家に火をつけたのだろうか?

Richardson一家には年子の4人の子供がいる。
シニア(4年制高校の4年生)のLexiは優等生のうえに美人で、ジュニア(3年生)のTripは成績は悪いがスポーツができて女子にモテる人気者だ。ソフモア(2年生)のMoodyはシャイだが思慮深く、末っ子でフレッシュマン(1年生)のLizzyだけがひねくれ者として家族の中で孤立していた。

一家を取り仕切っている母のMrs. Richardsonは、学生時代に一流のジャーナリストになることを夢見ていたのだが、結局は地元の新聞にローカルな記事を書くことで落ち着いていた。彼女は、良き妻であり、母であることを優先したのだ。

リベラルを自負するRichardson夫人は、若い頃から所有していて使わないアパートメントを「恵まれない人」に安く貸すことで社会貢献していることを誇りにしていた。

1年前、そのアパートメントのひとつに入居してきたのは、アーティストでシングルマザーのMiaと、高校2年生の少女Pearlだった。

MoodyはPearlに魅了されて近づくが、Pearlは自分の人生に欠けている「大家族」のRichardson一家そのものに惹かれてRichardsonの家で放課後を過ごすようになる。
いっぽう、Izzyのほうは、孤独で風変わりなアーティストであるPearlの母Miaに惹かれ、おしかけアシスタントになる。

ふたつの家族は一見深く関わるようになるが、その背後では微妙な人間関係の軋轢が生じていた。
事態をさらに複雑にしたのが、貧しい中国移民の未婚の母と彼女がいったん捨てた赤ん坊を引き取ろうとする白人夫婦の法的な戦いだった。Richardson夫人は、裕福で安定した友人家族のほうが子供に良い人生を与えることができると肩入れしていたが、Miaは実の母を陰で援助していた。Richardson夫人は、それを裏切りと感じ、Miaの過去を探り始めた。

著者のCeleste Ngは、両親が香港から移住してきた移民2世だ。
この小説の舞台であるオハイオ州のShaker Heightsで思春期を過ごしたCeleste Ngが描く Richardson一家は、アメリカのリベラルが持つある種のナイーブさというか、見当違いな独善性を象徴しているように思える。

Richardson夫人は、貧乏なシングルマザーを経済的に救済するつもりでMiaに掃除婦と家政婦の仕事を押し付けるシーンがあるが、これは、善意だとわかっていても非常に上から目線で恩着せがましい態度(condescending)である。人種が異なる移民は、日常生活でよくこういった微妙な状況を体験するのだが、それをよく表したシーンだ。

もうひとつは、長女のLexiだ。ボーイフレンドが黒人で親友が中国系アメリカ人だから自分には差別心がなく、この町は非常に平等だと信じている。彼女の性格の浅さも、社会経済的に恵まれたリベラルの浅さと重なる。

Ngの処女長編小説Everything I Never Told Youも人種差別を扱っていたが、この作品はそれだけでなく、代理母問題など多くのサブプロットが絡み合っている。「なぜ?」というミステリの要素や思春期の心理問題、親子関係など、下手をすると収集がつかなくなりそうな問題を非常にうまくまとめている。

前作も面白かったが、今回の作品のほうがずっと完成度が高い。
Jodi Picoultのファンには特にお薦めの作家だ。

3 thoughts on “リベラルなアメリカの理想郷の偽善を露わにする人間ドラマ Little Fires Everywhere

  1. いろいろな形の母子関係について考えさせられる小説でした。最初はなかなか話に入り込めなかったのですが、May Ling (Mirabelle) を巡る争いが始まった辺りからページターナーになりました。どの登場人物も丁寧に描かれていて、好きになれない人物でも嫌いにはなりきれませんでした。登場人物それぞれの行動も私にとっては善悪の判断がつかないグレーゾーンで、小説の中で提示される諸問題にはっきりとした答えは出せないまま悶々としています。物語の終わりでは、「登場人物たちが将来どう変わっていくのだろうか」と少し希望を抱かせてもらえました。

    ・・・というわけで五つ星。すごく楽しめたのは、Jodi Picoult がけっこう好きだったりするからでしょうか(笑)。

  2. huluでドラマになり話題になったのに触発されて、中断していましたが再開し読み終えました。人種差別だけでなく、経済的に恵まれた環境で育ったリチャードソン夫人達の「こうあるべき」論と、貧しく制約だらけの中で人生を選びとってきた、ミア達の考え方との間の、どうしようもない隔たりから、ティーン特有の考え方や行動まで丁寧に描かれていて、後半一気に読みました。
    ドラマでは中国系→アフリカ系アメリカ人になってるようですが、ちょっとニュアンスが変わりそうですが、どうなのでしょうか(実はドラマ見てないのでよくわかりませんが…)。

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