孤独なティーンの視点が新鮮だが、ブッカー賞候補としては弱い処女小説 History of Wolves

作者:Emily Fridlund (処女作)
ハードカバー: 279ページ
出版社: Atlantic Monthly Press
ISBN-10: 0802125875
発売日: 2017/1/3
適正年齢:PG15
難易度:超上級(英語そのものというよりも、ネイティブでも理解しにくい箇所がある)
ジャンル:文芸小説/心理スリラー
キーワード:思春期、孤独、ベビーシッター、少女性愛者、カルト宗教、コミューン、アメリカ中西部、ミネソタ州
文芸賞:2017年ブッカー賞最終候補(short listed)

14歳の少女Lindaは、ミネソタ州の静かな森の中で両親と一緒に暮らしている。
かつては、社会主義的な理想を持つ者のコミューンがあった場所だが、コミューンは解体し、残ったのはLindaと両親だけだった。幼いときから母親と心理的な距離を持つLindaは、両親が実の親なのかどうかも疑わしく思っている。

学校でも変わり者として仲間はずれにされているLindaは、新任の歴史教師Mr. Griersonに強い好奇心を抱く。だが、Mr. Griersonは児童ポルノ写真を所持していた罪で解雇されてしまう。そして、GriersonがLindaの同級生で美少女のLilyに性的な行為をしたという噂も流れた。

誰かと繋がりたい、属したい、という思春期の欲求を満たせないLindaは、湖を挟んだ別荘に移り住んだ若い母親Patraと4歳の息子Paulと親しくなり、ベビーシッターとして彼らの日常生活に入り込む。普通の子供とは異なるPaulにときおり苛立ちを覚えながらも、Lindaはようやく「誰かに属する」ことの満足感を覚える。

だが、Patraの夫Leoが湖畔に現れ、事態は急速に悪化していった……。

『History of Wolves』は、2013年に冒頭の一章がテキサス州のサザンメソジスト大学が発行している文芸誌『Southwest Review』に掲載され、同雑誌のMcGinnis-Ritchie賞を受賞した。
それがきっかけで今年2017年に小説として刊行されることになった。
このレビューは、2016年の5月にBookExpo Americaで受け取ったARCを元にしている(その後、加筆修正された可能性もある)。

この小説は心理スリラーのようなかたちで始まる。
1行目に登場するPaulが4歳で、この時点ですでに死亡していることを最初のページが終わる前に読者は知らされる。
「何がPaulに起こったのだろう?」
かきたてられた読者の好奇心を無視して、作者は主人公Lindaの学校の話題に移る。
新任教師のGriersonと、彼が注意を払う美少女Lilyを観察するLindaの視点が、ふつうの好奇心を超えていることを読者は嗅ぎ取る。

通常の心理スリラーであれば、すべてのシーンに「ヒント」が隠されている。読者はそれらを拾い集めながら結びのシーンに向かう。

ところが、『History of Wolves』は、読者にそれを許さない。

GriersonとLilyに馴染んだところで、今度はPaulと母親Patraがストーリーに入り込み、GriersonとLilyは背景に置き去りにされる。

LilyとGriersonのストーリーがPatraと夫のLeoに重なるという作者の意図はわかるのだが、もったいぶりすぎていて本当の意図が読者に見えてこない。

同様に、冒頭で与えられたPaulについての謎についても、何度も「これから何かが起こる」という予告編のような部分が現れるだけで、すぐに別のことにフォーカスが移る。

読んでいるときに感じたのは、「この作者は短編集のほうが向いている」ということだった。

大学で英文学を学び、英文学と創作で博士号も取得しただけあって、Fridlundの文章にはまったく無駄も隙もない。すべてのページに下線を引きたくなるような文章が現れる。

社会主義的なコミューンで生まれ育ったLindaと両親の関係、少女愛の年上の男性と若い女性の関係、思春期の孤独な少女の心理、カルト的な宗教が与えるマインドコントロール、思春期に体験したモラルの葛藤がその後の人生に与える影響、など非常に興味深いテーマをいくつも扱っている。

だが、Fridlundは、現代詩集や短編集のようにこの小説を書いているような気がしてならない。

詩や短編なら読者に解釈の自由を与えるために、表現や結びを曖昧にしておくことがある。プロの間で評価が高い文芸作品では、わかりやすすぎる文章は眉をひそめられる。Fridlundの洗練された文章は、それぞれに含みがあり、味わい深い。だが、それらの含みが必ずしも筋書きに関係があるわけではない。

文章にしても同じことが言える。それぞれは素晴らしいのに、ひとつの小説としてはうまく結びついていない。枝の詳細ばかりを見せられているうちに、読者は森の中で迷ってしまう。

長篇小説にするのであれば、森の構造を念頭に重要な枝だけを選ぶべきだ。

たぶん作者は心理スリラーのつもりで本書を書いていないと思うのだが、その印象を与えたのは作者なのだから、冒頭で与えられた謎の答えを知りたい読者にあまり無駄な努力はさせないでほしい。

この小説を読んでしみじみ実感したのは、Fridlundには素晴らしい短編を書く才能があるということだ。(そう考えていたところ、短編集の『Catapult』が先日刊行された。短編集が好きな人はぜひチェックしてみてほしい)そして、今のところは長編小説には向いていないということも。

私はこういった不満を持っているが、『History of Wolves』は、権威あるブッカー賞の最終候補になった。孤独な14歳の少女の心理は見事に描いているし、表現力が卓越しているからだろう。

個人的には納得できないが、ブッカー賞についてはほぼ毎年そう感じているので、かえって妥当な選択ともいえる。

1 thought on “孤独なティーンの視点が新鮮だが、ブッカー賞候補としては弱い処女小説 History of Wolves

  1. 消化不良です。私も森の中で迷ってしまったみたいです(笑)。印象に残っているのは、(たぶん)本書で取り扱われているテーマの一つ「『what you think』と『what you do』のどちらが重要か」という問題です。

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