好き嫌いがはっきりと分かれる、ブッカー賞受賞の奇妙な幽霊物語 Lincoln In The Bardo

著者:George Saunders
ハードカバー: 368ページ
出版社: Random House
ISBN-10: 0812995341
発売日: 2017/2/14
適正年齢:R
難易度:超上級(英語そのものは難しくないが、何が起こっているのかわかりにくく、入り込みにくい)
ジャンル:文芸小説/歴史小説
キーワード:リンカーン大統領、ウイリアム・リンカーン、幽霊、バルド(中有、中陰)
賞:2017年ブッカー賞受賞作


題名にあるBardo(バルド)とは、チベット密教の用語で、死後から再生までの中間状態である「中有」または「中陰」のことだ。この小説では、チベットの死者の書「バルド・トドゥル」に厳密に従ったものではなく、死んだ後に成仏できずにいる状態のようだ。

舞台は、南北戦争勃発から約1年後のジョージタウンにあるオークヒル墓地だ。
ここには、バルドの次のステージに移ることができない幽霊たちが住んでいる。
彼らは自分たちが死んだことを認めておらず、棺桶のことを「Sick Box(病気療養の箱)」と呼び、現状が改善すれば元の場所に戻ることができると思っている。「死」について語るのはご法度であり、それは無言の約束事になっている。

それぞれ理由は異なるが、幽霊たちがバルドにとどまっているのは、現世に未練を残しているからだ。あるいは、この後に続く最後の審判を恐れている。

どちらつかずの状態に慣れている幽霊たちの間に、あるとき新入りが加わった。それは、腸チフスで死んだ、リンカーン大統領の11歳の息子ウイリアムだった。ウイリアムの死に打ちひしがれるリンカーンは、ひとりで墓場を訪れて嘆いた。そして、ウイリアムはバルドにとどまって父の次の訪問を待つようになる。

常連の幽霊たちは、少年のことが気になり、助けてやらねばならないと考える。知恵を合わせ、手を尽くすが、実際に彼らを助けたのは、最終的にはウイリアムのほうだった……。

Lincoln In The Bardoは、短編集『Tenth of December』で2013年の全米図書賞を受賞したGeorge Saundersにとって初めての小説だ。そして、風変わりな小説の中でも飛び抜けて風変わりだ。

文芸小説を読み慣れているネイティブの読者ですら、「あまりにもわけがわからなくて、途中で放棄した」と告白するほどだ。

最初は、2人の幽霊の会話で始まる。
ひとりは、若い妻に心の準備ができるまで根気よく待っていたのに、いざという時に落下した天井の梁で死んだ中年の男だ。その無念のせいか、幽霊になっても性器が勃起したままになっている。
もうひとりは、恋人につれなくされて自殺したものの、途中で死にたくなくなったゲイの若者だ。彼が興奮すると、生きて感じることへの切望か、数多くの目や鼻、手が現れる。

そんな奇妙な幽霊たちを、新入りのウイリアム・リンカーンは静かに観察する。

もうひとりの主要人物(幽霊)は、ここで唯一自分が死んでいることを知っている牧師だ。怯えた顔をして髪が逆だっている理由は後でわかる。

これら3人の常連たちは、頑固に父を待つウイリアムのことを心配し、なんとか助けてやろうとする。

ウイリアムが亡くなったときの経緯とその後のリンカーン大統領の様子は、歴史に残っている書物の引用で進む。
たとえば、奴隷として生まれ、その後リンカーン大統領夫人と懇意になったドレスメーカーのElizabeth Keckleyの『Behind the Scenes or Thirty Years a Slave and Four Years in the White House』という回想録からの引用だ。

だが、ここがGeorge Saundersのトリッキーなところだが、この多くの引用の中に、彼の創作が混じっているのだ。たとえば、Margaret Garrettの『All This Did I See: Memories of a Terrible Time』については、どう探しても見つからないので、Saundersの創作だと思える。

幽霊があまりの悔しさに怒ってウンチをしたのがそのまま乾燥して残っているとか、勃起した性器の話がしつこいほど繰り返されるところとか、「幼稚園の男子のジョークか、オヤジギャグか?」とツッコミたくなった。3人の主要幽霊+ウイリアム以外にも、犯罪者からレイプ犠牲者まで40もの多様な脇役が登場し、笑いあり涙ありの「ドタバタ人情劇」の様相になる。

これがブッカー賞を受賞した文芸だというのは、かえって味わい深い。

興味深いのは、「ソーンダースの短編のクレイジーさは、短編だから許せる。だが、長篇になるととても読めない」という人と、「ソーンダースの短編は好きではないが、長篇はけっこう面白かった」という人の2つのタイプがいることだ。

私はどちらかというと、後者のほうだった。
「死んでいる」という事実を認めたくないために、英語の表現を工夫する幽霊たちに、つい吹き出したところがいくつもある。

私は多くの俳優が参加したオーディオブックとキンドルの両方を購入した。オーディオブックはすばらしいのだが、それだけだと何が起こっているのかよくわからない。Kindleか本のほうが理解はしやすいので、そちらをまず読んでからオーディオブックを楽しむといいだろう。

自分からは手に取らない小説だが、「これを読まずして年は越せないで賞」の審査員である春巻まやさんのお薦めで読んでみたら正解だった。これを2017年の「これ読ま」の候補にさせていただくことにした。

1 thought on “好き嫌いがはっきりと分かれる、ブッカー賞受賞の奇妙な幽霊物語 Lincoln In The Bardo

  1. 「変わった本だ」と身構えてから読んだせいか、割とすんなり入り込めました。好きか嫌いかと聞かれれば好きかなぁ、という感じです。リンカーン父子の話より、バルドの大勢の住民それぞれの過去の話が私にはおもしろかったです(性欲が人間に与える威力を感じました・・・笑)。書物の引用部分は虚実が交ざっているのですか。上手いですね。

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