アジアのスーパーリッチな華僑の想像を絶する行動が面白い超娯楽小説 Crazy Rich Asians

作者:Kevin Kwan
ペーパーバック: 544ページ
出版社: Anchor
ISBN-10: 0804171580
発売日: 2013/6
適正年齢:PG15
難易度:中級+(非常にシンプルな文法と内容。わかりやすく、入り込みやすい)
ジャンル:娯楽小説/chick lit(女性小説)/恋愛小説
キーワード:シンガポール、華僑、スーパーリッチ

ハリウッドの白人優先主義「ホワイトウォッシング」について書くために、読んだところ、予想以上に楽しめた娯楽小説。

「ホワイトウォッシング」とは、もともとは壁に「しっくい」を塗って白くすることを意味する表現だが、映画界ではダークな肌を白く塗りつぶすことを意味する。つまり、原作では黒人、ヒスパニック、ネイティブアメリカン、アジア人といった非白人(people of color)の主要人物を、映画で白人の俳優に置き換えてしまうことだ。

このような環境ではマイノリティの俳優が活躍する場がなくなり、才能を認められる機会がない。その結果、アカデミー賞の主演男優・女優と助演男優・女優にノミネートされる俳優も白人が主になる。

近年アメリカではそれが大きな問題になっていたのだが、それでもハリウッドの製作側は「主演が白人の有名俳優でないと売れない」とホワイトウォッシングを続けてきた。

そのなかで、原作者が、自作の初めての映画化だというのに、ホワイトウォッシングを拒否した作品がある。
それが、この『Crazy Rich Asians』なのだ。

大胆にハリウッドのプロデューサーを退けた新人作家は、アメリカ在住のシンガポール人作家ケヴィン・クオンである。この小説に登場するような由緒あるリッチな家系だということで、11歳まで過ごしたシンガポールでの体験が活かされているという。

小説の主人公レイチェルは、幼いころに母と一緒に中国本土からアメリカに移住した「中国系アメリカ人」だ。現在は有名大学で経済学教授をしている。2年つきあっている恋人のニックは、イギリスの大学で教育を受けた中国系シンガポール人で、同じ大学の歴史教授を務めている。

ニックの親友の結婚式に出席するためにシンガポールを訪れたレイチェルは、彼の家族が大富豪だということを初めて知らされる。そして、家系や富にこだわる彼らの価値観に戸惑い、予想もしなかったような差別やいじめにあう、というものだ。

この小説に出てくる裕福な中国系シンガポール人は、「有名なブランド品を身につけるのは貧乏人。デザイナーの来年のコレクションでないと流行遅れ」とみなしてひとつの服に何千万円も費やし、由緒ある英国のホテルが人種差別をしたら、ホテルごと買い取ってしまうレベルの「クレイジー・リッチ」だ。その金銭感覚は、収入格差が激しいアメリカの「富豪」の感覚も超えている。

よく「女性小説」と呼ばれる娯楽小説のジャンルに属する本なのだが、アメリカで爆発的に売れ、続く2作もすべてニューヨーク・タイムズ紙ベストセラーリストに入った。

これだけ注目されたら、当然のように映画化がもちかけられる。

だが、最初にクワンに映画化をもちかけたハリウッドのプロデューサーは、レイチェルを白人にしたがった。

そこでクワンは「あなたは要点をすっかり見落としてますよ」と断った。

クワンの言うとおりだ。
この小説は、「全員が中国人」であることが重要なのだ。

主人公のレイチェルはアメリカの名門大学の経済学の教授なのだが、「中国本土」出身で「家系が不明」であることや、「英語にアメリカ訛りがある」という理由で、恋人の母から「身分が低すぎる」と拒否される。このレイチェルが受ける偏見や差別は、アメリカ人がふだん想像しない逆カルチャーショックなのだ。

また、シンガポールのスーパーリッチな華僑の「しきたり」は英国の階級制度と中国の古い慣習のミックスであり、それもこの世界を知らない者にとってはエキゾチックで興味深い。

だが、それと同時に、恋人の母親であるエレノアの意地悪さは、世界共通の「地獄から来た姑(Mother In Law From Hell)」だ。

こういった組み合わせがアメリカ人読者にアピールし、ベストセラーになったのだから、中国系アメリカ人のレイチェルを白人にしたら、まったく意味が通じなくなる。

テキサス州での読書会で、クワンがこの逸話を話したとき、白人女性ばかりの参加者たちは「やめて〜(Nooooo)!」と叫んだという。

クワンは、最終的に自分の意図を理解するプロデューサーを見つけ、主役のレイチェルは、両親が台湾出身のアメリカ人女優コンスタンス・ウーに決まった。これまでにも、ハリウッドでの人種差別やセクハラについて勇気ある発言をしてきた35歳のベテラン女優だ。恋人のニックは、マレーシアのイバン族とイギリス人を祖先に持ち、マレーシアとシンガポールを拠点にする俳優のヘンリー・ゴールディングが演じる。

そのほかにも、英国人と日本人のハーフであるソノヤ・ミズノなど、全世界からアジア系の俳優が集まるというのがとても楽しみだ。

この作品の続きの2巻もすでに刊行されている。
1巻で慣れているはずなのに、ここでも登場人物たちの言動に圧倒され、吹き出してしまう。軽い内容だが、娯楽としては非常によく出来た本である。女性同志のいがみ合いがすごいのだが、これを書いたのが男性作家というのも興味深い。

2 thoughts on “アジアのスーパーリッチな華僑の想像を絶する行動が面白い超娯楽小説 Crazy Rich Asians

  1. こちらで拝見して、ホリデー用に軽くて笑える読み物を…と読み始めてすっかりはまり、今3冊目を読んでいます。配偶者がシンガポール出身なので、面白さ倍増です。本で描かれる世界とは全く縁はないですが(笑)
    ちょうど映画のtrailerを見たところですが、私のRachelのイメージはGemma Chenの方だったなあ… 
    それはさておき、映画がどのようにアジア人に以外に受け取られるか注目しています。

Leave a Reply