#BlackLivesMatter(ブラック・ライブズ・マター)運動を理解できるようになるYA小説 The Hate U Give

作者:Angie Thomas
ハードカバー: 531ページ
出版社: Balzer + Bray/HarperCollins
ISBN-10: 0062498533
発売日: 2017/2/28
適正年齢:PG12+(性のテーマはあるが、そのものがティーン向け)
難易度:上級(文法的には難しい文章ではないが、スラングが多く、アメリカの社会状況を知らないとわかりにくいかもしれない)
ジャンル:YA(ヤングアダルト)/青春小説
キーワード:人種差別、#BlackLivesMatter、ブラック・ライブズ・マター運動、警官による黒人の殺害、ストリートギャング、ラブストーリー、白人と黒人の恋愛
文芸賞:全米図書賞ロングリスト

邦訳版が出ました。

ハリウッドの白人優先主義「ホワイトウォッシング」について先日エッセイを書いたが、人種差別に遭遇する機会がほとんどない日本人に根本的な問題を理解してもらうことの難しさを再認識した。

人種のるつぼであるアメリカでさえ、「ホワイトウォッシング」を擁護する者もいる。たいていは差別される側に立ったことがない白人だ。だが、「ホワイトウォッシング」より深刻で、さらに誤解を受けやすいのが #BlackLivesMatter 「Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)」のムーブメントであり、プロテストである。

白人の間からは、「命が重要なのは、黒人だけじゃないだろう。白人の命だって重要だ」と「White Lives Matter」などといい出す者さえいる。

白人の命は、コロンブスがアメリカ大陸を「発見」したときから、先住民よりも優先されてきたし「重要」だった。アメリカの黒人たちは、「同等の権利が欲しい」と求めているだけなのだ。それなのに「逆差別だ!」と怒る白人を、日本人は批判できるだろうか?

「ホワイトウォッシング」を問題視する人への日本人の反論を読むと、「自分が信じてきたことを否定される」ことに不快感を覚えているようだ。その不快感で本質を見ようとしない人が存在するのは日米共通だと思う。

そんな人たちに読んでもらいたいのがこの小説『The Hate U Give』である。ティーン向けのYA(ヤングアダルト)小説だが、その枠を超えて、多くの年齢層で高い評価を得ている。

主人公は、16歳の黒人の少女Starrだ。低所得層が多い黒人街に住んでいるが、裕福な白人が多い私立高校に通っている。バスケットボール選手のStarrには、クラブで仲が良い女友だちもいるし、白人のボーイフレンドもいる。けれども、子ども時代の友だちや近所の人と接しているときの自分と学校での自分は、態度も言葉遣いも異なる。高校では、本当の自分を押さえ込んで別の自分を演じなければならないという心理的なプレッシャーが常にあった。

Starrには、母親が異なる兄がいる。若かりしころの両親が喧嘩をしたときに、父親がヤケで浮気をした結果だった。その兄には父が異なる妹がいて、その父親は、この黒人街を支配するストリート・ギャングのリーダー”King”である。この因縁が、ふたつの家族に常に緊張を与えている。

Starrの母親は病院に勤務するベテラン看護師で、父親は街で唯一のコンビニを経営している。ボーイフレンドのChrisが住む街に住むことが可能が収入があるのに、コミュニティのために尽くすことを誓う父は引っ越しを拒否し続けている。

気が進まないまま連れて行かれた地元のパーティで、射撃事件が起こり、Starrは幼なじみの少年Khalilの車で家まで送ってもらうことにする。Khalilとは幼い頃には仲が良かったが、別の高校に通うようになってからは疎遠になっていた。車の中で、Khalilは自分が愛する伝説的ラッパーのTupacについてStarrに語る。

だが、二人の乗る車を警官が止める。後部ライトが消えているという理由だ。そして、武器も持たず、何の抵抗もしていないKhalilは、Starrの目の前で銃殺されてしまう。

Starrが思い出したのは、両親から教え込まれたことだ。

When I was 12, my parents had two talks with me. One was the usual birds and the bees. The other talk was about what to do if a cop stopped me.

Mama fussed and told Daddy I was too young for that. He argued that I wasn’t too young to get arrested or shot. Starr-Starr, you do whatever they tell you to do, he said. Keep your hands visible. Don’t make any sudden moves. Only speak when they speak to you.

私が12歳になったとき、両親は私に2つの「重要な話」をした。ひとつは、よくある鳥とミツバチについて(注:性の話)。もうひとつは、警官に止められたときにどうするのか、という話だ。

お母さんは嫌がって、まだその話をするには子どもすぎるとお父さんに反対した。けれども、お父さんは、子どもすぎるから逮捕されたり銃で撃たれないというものではないと反論した。スターよスター。警官が何を言っても、そのとおりにしなければならないよ。そうお父さんは言った。両手は、常に警官から見えるところに置いておかなければならない。いきなり動いてはいけない。あちらが質問したときに答える以外には話しかけてはいけない。

けれどもKhalilはそれを守らなかった。「僕がいったい何をしたんだ?」と反論してしまった。そして、怯えているStarrを心配して「大丈夫かい?」と尋ねた。警官がKhalilを撃ったのはそのときだった。

ショックを受け、怯えたStarrは、最初のうちは自分や家族の平和を守るためにも沈黙を守る。けれども、社会から何の価値もないように扱われるKhalilの命と人生に憤りを覚え、声を上げることにする。

この小説のタイトルである『The Hate U Give』は、1996年にヒップホップ抗争と思われる銃撃で亡くなったTupac(2パック)の作ったフレーズ「Thug Life」から来ている。

Thugとは、インドの秘密犯罪結社を由来としたもので、「強盗、悪者、ギャング」の呼び名だ。だが、現代の音楽では「Thug Life」というフレーズでヒップホップ的な生き様を表現する。これについて、Tupacはかつて、「The Hate U Give Little Infants, Fuck Everybody(おまえたちが幼い子どもたちに与える憎しみ。おまえたちみんな、くそったれだ」の頭文字を取った略語だと説明した。

この小説を読むと、アメリカの黒人たちが生まれたときから毎日のように与えられる「憎しみ」が肌感覚として理解できるようになる。

このエッセイにも書いたが、アメリカでは、Khalilのように武器を持っていないにもかかわらず警官に殺される黒人が後を絶たない。だから、大人たちは、Starrの両親のように子どもに「警官との接し方」を教えなければならないのだ。

この小説が描いているのは、白人による黒人差別だけではない。黒人街で、黒人が黒人を犠牲にするストリート・ギャング問題も描いている。

とても暗いテーマだが、白人やアメリカ社会への怒りだけを描いた本ではない。
何があってもStarrの味方をする白人ボーイフレンドのChrisのキャラクターも含め、最終的に希望を感じさせてくれるところが、このYA小説の魅力だ。

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