悲劇的な宿命のヒロインを描く、オペラそのもののような小説 The Queen of the Night

作者:Alexander Chee
ペーパーバック: 576ページ
出版社: Houghton Mifflin Harcourt/Penguin
ISBN-10: 0718185099
発売日: 2016/2/2(ハードカバー)2018/2/22(ペーパーバック)
難易度:超上級(文芸作品を読みこなしている人でないと、状況が理解しにくい場面がある)
適正年齢:R(成人向け。性的コンテンツあり)
ジャンル:歴史小説
キーワード:19世紀、オペラ、パリ、Prussia(プロイセン、プロシア)、ナポレオン3世、Empress Eugénie(皇后ウジェニー)、Countess of Castiglione、普仏戦争、サーカス、Falcon、ファルコン・ソプラノ

オペラを少しでも知っている人ならわかるだろうが、オペラの筋書きはドラマチックだ。
勝利の喜びの後には打ちのめされた絶望があり、そこから逆転した栄光の後には、また挫折が待ち構えている。寡作な作家アレクサンダー・チーの15年ぶりの長篇『The Queen of Opera』の主人公のソプラノ歌手Lilliet(リリエ)の人生がまさにそうだ。

開拓時代のアメリカの田舎町でプロテスタント教徒として育てられたリリエ(当時は異なる名前)は、生まれつき美しい歌声を持っていた。だが、教会で歌うことを楽しむ娘を、母はキリスト教信者として許されない「奢り」だと考えて厳しく罰する。そんな母を罰するため、少女はあるときから言葉を出すのをやめてしまう。
だが、親と和解する前に、少女を除く家族全員が伝染病で死んでしまう。

残された少女は、スイスに住む母の家族に引き取ってもらうために、ニューヨークに旅をした。しかし、ヨーロッパまでの賃金がないと知り、生き残る手立てを考える。そのうち偶然にサーカス団と出会い、馬乗りとしてヨーロッパに旅立った。長い間言葉を出さないうちに本当に話すことができなくなってしまったリリエだが、歌声だけは失わなかった。

パリに着いたリリエは、サーカス興行からある娼婦と知り合い、その交友関係からトラブルに巻き込まれて牢獄に放り込まれ、自らも娼婦になる。そこからリリエを買い取ったのは、歌手としての彼女の才能を見込んだプロシア人の有名なテナー歌手だった。自分に音楽教育を与えようとするテナー歌手への感謝はあれど、彼の過剰な支配欲と冷酷さから自由になりたいリリエは、ふたたび牢獄に戻り、死を偽る。唖の召使いとして皇后に可愛がられていたリリエだが、ふたたびテナー歌手に見つけられ、自由を失う。

ひとつの束縛から逃れても次の束縛が、愛をみつけても別の者からの支配から逃れられない。図らずもスパイにならされ、愛する者を救うために罪を犯し、そのために愛を失うリリエの人生は、彼女がつぶやくように、“Victory, defeat, victory, defeat, victory, defeat”のオペラの筋書きのようだ。

過剰にドラマチックな展開に、うんざりする読者もいるかもしれない。
男性が描いた女性主人公なので、「女はこんな風には恋愛しない」と思う女性読者もいるだろう(私もそう思った)。

だが、これはオペラ小説なのである。有名なオペラの悲劇的な女性主人公も男性が作り上げたものだった。

小説の中に出てくる、ベッリーニの『夢遊病の女』やビゼーの『カルメン』、そして、タイトルにもなっているモーツァルトの『魔笛』の「夜の女王のアリア」などを頭に思い浮かべながら読むと、この小説をぞっこん楽しめることだろう。

個人的には、Diana Damrauの夜の女王が好みなので、どんなアリアか知りたい方は、このビデオの2:13くらいからどうぞ。

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