ビル・クリントン元大統領と超ベストセラー作家が共著した、全米No. 1ベストセラーの政治スリラー The President Is Missing

作者:President Bill Clinton、James Patterson
ハードカバー: 528ページ
出版社: Little, Brown and Company and Knopf
ISBN-10: 0316412694
発売日: 2018/6/4
適正年齢:PG15
難易度:上級(文章そのものはシンプル)
ジャンル:政治スリラー
トピック/キーワード:アメリカ合衆国、大統領、政治スキャンダル、スパイ、サイバーテロリスト、裏切り

「ビル・クリントン元大統領がベストセラー作家のジェイムズ・パタースンと一緒に政治スリラーを書いた」というプレスリリースを読んだとき、「これは絶対にミリオンセラーになる」と思った。

ビル・クリントンが2004年に出した回想録『My Life(邦訳タイトル:マイライフ クリントンの回想)』は220万部以上売れ、ヒラリー・クリントンが大統領選を振り返った『What Happened(邦訳タイトル:WHAT HAPPENED 何が起きたのか?)』は2017年9月12日に発売されてから月末までの2週間強で30万部も売れて記録を作った。

このように、クリントン夫妻が書いた回想録はすべてミリオンセラーになっているが、それは、アメリカではまだ「クリントン」ブランドに商品価値があるからだ。政治評論家のクリス・マシューズが東海岸のリゾートで開催されたトークイベントで「カリフォルニアの住民は、どういうわけだか、クリントン夫婦を神様みたいに崇め、愛している」と語っていたが、東海岸のニューヨークやマサチューセッツでもクリントン夫婦の人気は高い。

共著者のジェイムズ・パタースンは、2009年には「ニューヨークタイムズ紙ベストセラーリストに最も多くの作品が入った作家」として、2010年には「電子書籍の売上で初めて100万部以上を売った作家」としてギネスブックに登録されているベテラン作家だ。英語圏の業界関係者から「自分の本を読む暇があるのだろうか?」とジョークにされるほど刊行する作品の数が多いのだが、その達成のコツは「共著」という方法だ。

昨年アマゾンの出版社から前例のないベストセラーを出したマーク・サリバンも、パタースンが自作のスリラーの共著者に選んだ作家のひとりだった。

パタースンは、2017年は25冊、2018年は合計30冊の新刊(児童書を含む)を発売するという想像を絶する多作なのだが、彼のオンライン創作コースを受講した友人によると、パタースンは多数の作家チームを持っており、彼らに詳しい枠組みを指示して書かせているらしい。

つまり、実際に文章を書く「作家」というよりも、指導を与えて書かせるブレーン兼編集者であり、「パタースン」のブランドを率いるCEOであり、表向きの顔として活躍するスポークスマンのような存在なのである。何よりも重要なのは、「パタースンの名前がついた本は売れる」ということだ。

ビル・クリントンとジェイムズ・パタースンの組み合わせは意外に感じるかもしれないが、この2人をつなげた人物となると、さらに特異なのだ。

通常であれば、作家の代理で出版社などと交渉するのは「文芸エージェント」である。だが、クリントンとパタースンの場合は文芸エージェントではなく、「弁護士」のロバート・B・バーネットなのだという。

バーネットはワシントンDCでは有名な弁護士であり、オバマ元大統領夫妻、ヒラリー・クリントンといった民主党の大物政治家だけでなく、ジョージ・W・ブッシュ元大統領など共和党の政治家もクライアントに持っている。ニューヨークタイムズ紙の記事によると、ビル・クリントンとジェイムズ・パタースンが共著で小説を書くことを思いついたのはバーネットで、彼が2人にそのアイディアを持ちかけたらしい。

バーネットの目の付け所は正しく、このゴールデン・チームが生み出した『The President Is Missing(大統領が行方不明になっている)』というタイトルの政治スリラーは、6月4日に発売された最初の週にハードカバーのみで15万2千部も売れる大ベストセラーになった。電子書籍のキンドル版でも、アマゾンで最も多く読まれた本になり、発売から7月15日現在まで、ハードカバーの売れ行きで連続全米1位を保っている(ブックスキャンの調べ)。

では、肝心の内容はどうか?

簡単に説明すると、『The President Is Missing』はアメリカで「Airplane Read(飛行機の旅で読むのに適した本)」と呼ばれる類の小説だ。広いアメリカでは、飛行機は日本の新幹線かバスと同じような気軽さで使われる。長いフライトの途中には頭を使う難しい本や重い内容の本ではなく、退屈さを忘れさせてくれるようなスピード感がある面白い本が好まれる。『The President Is Missing』はそういう政治スリラーだ。

528ページもある分厚い本だが、各章がとても短くて、128章+エピローグという珍しいスタイルだ。章が短いせいで長い小説にもかかわらず、スピード感がある。

主人公は50歳の現役大統領ジョナサン・リンカーン・ダンカンだ。ダンカンは元軍人なので徴兵を逃れたビル・クリントンとその点は異なるが、あとはイメージが重なるところが多い。

小説は、テロリストと直接交渉した疑惑で下院の特別調査委員会から喚問されたダンカン大統領が、弾劾の危機に直面しているところから始まる。

このさなかに、水面下でアメリカをターゲットにしたサイバーテロの計画が進んでいた。テロが成功したら、多くの死者が出るだけでなく、経済が破綻し、アメリカは何十年も発達途上国のような状態になってしまう。このテロには、他国の機密機関や複数のスパイ、暗殺集団が関わっており、誰が誰と通じているのか見えてこない。

しかも、大統領とトップアドバイザーの8人しか知らない暗号が漏れていた。大統領が信頼している側近の中に裏切り者がいるのだ。副大統領すら信頼できない。ダンカン大統領は、国家の安全を守るためにやむを得ず姿を消す。そして、裏切り者を探し出し、サイバーテロを防ごうとする。

エキゾチックな東欧出身の女性暗殺者やスパイ、謎のイスラム教テロリスト、ホワイトハウス内の裏切り者など、トム・クランシー、ネルソン・デミル、ジョン・ル・カレを彷彿とさせるところがあり、彼らのファンが楽しめるスリラーだ。しかし、元大統領しか書けない情報が暴露されている本ではない。

『The President Is Missing』のユニークな価値は、ビル・クリントンがダンカンに自分を投影しているところにある。

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2016年大統領選挙でヒラリーの応援演説をするビル・クリントン(by Yukari Watanabe、無断転載禁止)

小説の冒頭は、クリントンがモニカ・ルインスキー事件で弾劾裁判にかけられたときのことを思い出させる。この部分には、彼が感じたに違いない共和党やメディアに対する苦々しい心情がにじみ出ている。行間からは「共和党がやったことがどんなに愚かなことか、わかってくれ」というクリントンの思いが読みとれる。

また、ダンカン政権では、FBI長官、副大統領、大統領首席補佐官という主要な地位にあるのが女性であり、この世界ではイスラエル首相も2人の腕利き暗殺者も女性である。ビル・クリントン自身が女性を多く起用した初めての大統領として知られていたが、オバマ大統領に惚れ込んだ若い世代はそれを知らない。クリントンは、自分が女性起用のチャンピオン的存在だったことをこの本で読者に思い出させようとしているのかもしれない。

これらの部分を含め、ダンカンは、あまりにも理想的な大統領なのだ。自分の安全よりアメリカを優先し、病死した妻のことを想い続けてデートすらしない。クリントンがダンカンに自己投影をしているのは明らかなのに、その人物が理想的すぎて、読んでいるこちらが、少し赤面してしまうところもある。

最後の部分でダンカンが蛇足としか言えないようなスピーチをするが、それも、現役の大統領時代に非常に人気が高かった自分のイメージを復活させようとしているように感じてしまった。

ダンカンが妻と出会ったときのエピソードは、ビル・クリントンがヒラリーと会ったときの実話によく似ていて微笑ましいのだが、小説の中ではその最愛の妻は病死している。

ミステリーも良く読むヒラリーは、創作中にこの小説を読んでアドバイスもしたようだ。しかし、フィクションの中で殺されたことや、死んだ後も妻だけを愛しているダンカンについては複雑な思いを抱いたのではないかと想像する。

今度はヒラリーにコメディタッチの小説を書いてもらいたい。その中でフィクションのビルがどう扱われるか、とても興味があるので。

2 thoughts on “ビル・クリントン元大統領と超ベストセラー作家が共著した、全米No. 1ベストセラーの政治スリラー The President Is Missing

  1. 三週間ほどかかって読了しました。
    全体が短めで章立てが細かいのが彼のスタイルで、劇画の場面変化を楽しむように読めるので、結構楽しんで読んでいます。サンフランシスコを舞台に四人の女性が犯罪捜査に活躍するWomen’s Murder Clubシリーズなど、何と浅い小説なんだろうと思いながら、新刊が出るとつい買ってしまうのです。

    この小説は長さもあり、英語学習者にとっては他のパタースンよりは読み応えがありました。民主党寄りの主人公ですが、最後のスピーチで銃規制や環境(気候)問題や移民や女性活躍について熱く語り、これが往年のクリントン大統領そのもので、笑ってしまいました。おとぎ話と思って力を抜いて読むとなかなか楽しい小説でした。

    1. wkempffさん
      ほんとそうですよね。
      私はパタースン苦手なので読まないのですが、これはビル・クリントンがけっこう口を出している感じで、そのあたりが特に面白かったですよね。

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