自虐的でダークにコミカルな2018年注目の文芸小説 My Year of Rest and Relaxation

作者:Ottessa Moshfegh
ハードカバー: 304ページ
出版社: Penguin Press
ISBN-10: 0525522115
発売日: 2018/7/10
適正年齢:R
難易度:上級(ネイティブの普通レベル)
ジャンル:文芸小説
テーマ/キーワード:2001/9/11同時テロ前のニューヨーク、ドラッグ、睡眠薬依存症、自虐的行為、機能不全家族、不健全な恋愛関係、不健全な友人関係、疎外感、孤独

今年2018年刊行の話題作のひとつ『My Year of Rest and Relaxation』は、英国リージェンシー時代のロマンス小説を連想させる表紙からは想像できない、大胆で不可思議な文芸小説である。

舞台はビル・クリントン大統領の8年の任期が終わろうとしている2000年から9月11日の同時テロが起こった2001年にかけてのニューヨーク。

主人公は、名門コロンビア大学を卒業し、両親から受け継いだアッパーイーストサイドのアパートメントに住む20代の女性だ。モデルのように痩せていて美しく、働かずに暮らせるほどの遺産を持つ彼女には何も悩みなどなさそうだが、心には大きな空洞がある。亡くなった両親から愛されたことはなく、昔の恋人からはゴミのように扱われ、唯一の女友達からは嫉妬混じりの友情を押し付けられている。

仕事での野心もない彼女が唯一情熱を抱くのが「寝ること」だ。頭がからっぽな美女を求める現代アートの画廊はぴったりの就職先だったが、昼寝をしすぎて首になる。しかし、かえって好機と捉えた彼女は、本格的に眠り続けることを決意する。

眠りを助けるために睡眠薬や精神安定剤を豊富に処方してくれる精神科医をみつけ、適当な作り話をして多くの薬を手に入れたが、そのうちのひとつの副作用で奇妙な体験をするようになる。どうも、眠っているうちにいつもとは異なる行動を取っているようなのだ。しかも、まったく記憶にない。記憶にないときにクラブに出かけたり、買い物をしているようでは、「休息を取る」という目的を果たせない。そこで彼女は、自分をアパートに閉じ込める究極の対策を取ることにする。

容姿、頭脳、経済力に恵まれたヒロインが、収入のための努力もせず、周囲の人々の悲劇にも同情せず、熱意を込めて人生を壊していくことに、イラつく読者はいるだろう。小説に対して徳や意義を求める人は、この小説をさっさと見捨てるか、最後まで読んで「ゼロ星評価をできるならしたい」と思うことだろう。

だが、これはそういう類の小説ではない。主人公は、贅沢なアンニュイさに集中できた同時テロ前の、ある意味無垢なアメリカとニューヨークの一部品なのだ。シリアスな疎外感の中にもダークな笑いが含まれていて、そこにノスタルジックなものさえ感じる。

主人公と社会、そして周囲の人間との関係の描写を読んでいて、ふと村田沙耶香の『コンビニ人間』と似たところがあると思った。アメリカ版の Convenience Store Womanは、Kawaiiを狙ったあんな表紙ではなく、この小説のように風変わりかつ大胆で鋭い文芸小説として売るべきだったのだとつくづく思った。そういう意味では、この小説を楽しめる日本人読者はけっこういるのかもしれない。

作者のMoshfeghの母はクロアチア生まれで、父親はイランで生まれたユダヤ人というユニークな背景を持つ。また、ニューヨーク市にあるバーナード大学を卒業した後、ブラウン大学の大学院で修士号を取得した才媛でもある。

読者の中には「同時テロを安易に使うな」という批判もあるようだが、私はそう思わなかった。同時テロが起こった2001年にはMoshfeghはまだバーナード大学の学生だったはずだ。つまり、実際にあの日を現場で経験しているのだ。そのうえで、あの最後の部分を書いている。読者が心理的な距離を感じたとしたら、それは作家としてのMoshfeghが制御しているからだ。

15年以上かけて、彼女はそこに達したのだろう。

そう思うと、かえって私は涙が出た。作者がそれを狙っていないことを知りつつも。

この小説は、星1つ評価と星5つ評価のどちらかに分かれる類の文芸小説だ。どちらにしても、Moshfeghの作家としての才能だけは否定できない。

 

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