2020年ネビュラ賞長編部門受賞作は現在のパンデミックを予言したかのような近未来SF A Song for a New Day

作者:Sarah Pinsker
フォーマット: Kindle版(ペーパーバック版はほとんど入手不可能)
ファイルサイズ: 2986 KB
紙媒体でのページ数: 384 ページ
出版社: Berkley
発売日:2019/9/10
適正年齢:PG15(同性セックスの話題はあるが、露骨な表現はない)
難易度:中級+(新しい難易度で6/10。わからない単語はあると思うが、文章はシンプルで短い)
ジャンル:SF/近未来小説
キーワード:パンデミック、隔離された社会、ライブミュージック、コンサート
文芸賞:2019年ネビュラ賞受賞作(長編部門)

2020年6月現在、世界はまだCovid-19のパンデミックの真っ只中だ。厳しい自宅待機(あるいはロックダウン)を解除している地域はあるが、そのために患者数が急増している地域もある。ワクチンが出来て広まるまでは、このパンデミックは収まらないし、公共の場で大勢の人が集まる音楽やスポーツのイベントはそう簡単にできないだろう。

世界がこのような状態になることを、2020年の元旦に誰が予想できただろうか。

ところが、まるでこの状況を予言したかのようなSFが、昨年2019年9月に刊行されていたのだ。5月にネビュラ賞(長編部門)を受賞したA Song for a New Dayの舞台は、テロとパンデミックの後で人々が隔離して暮らす近未来のアメリカである。

女性ロックミュージシャンのLuce Cannonは、若手のスターとして注目を集めるようになっていた。大きな会場で初めてのトリを務めることになった前夜からアメリカ中で同時テロが起こり始めた。すべてのコンサート会場やスポーツ・アリーナが爆弾予告を受け、大きなイベントはすべて中止されたのだが、Luceはレーベルやマネジャーの忠告を無視してコンサートを強行した。このコンサートは、世界で最後に行われた大規模なコンサートとして歴史に残った。

同時テロに続いて起こったのが、高熱と発疹を伴う感染症「ポックス」のパンデミックだった。これらの対策として政府は大人数の集まりを禁じ、10年たった現在でもナイトクラブやライブコンサートは法で禁じられ、厳しく取り締まられていた。

子どもの頃にポックスに感染して生き残った若者は、hoodと呼ばれる機器を着装してアバターで仕事をし、他人と関わることしか知らない世代だ。SuperWallyのサービスセンターに務めるRosemaryもそのひとりだ。両親は、子どもの命の安全のために隣人がいない田舎に引っ越し、農業を始めた。Rosemaryは両親の家の自分の部屋で安物のhoodを使ってカスタマーサービスをしているだけの人生だ。

だが、ホログラムでバーチャルコンサートをするStageHoloLive(SHL)のカスタマーサービスをしたことがきっかけで、RosemaryはミュージシャンのリクルーターとしてSHLで働くことになる。これまで両親の家しか知らなかったRosemaryは、他の都市に旅できることに興奮を覚える。そして、本当のライブの素晴らしさを体験し、ミュージシャンたちにも惚れ込む。

最初にRosemaryが発見したのは、Luceが作ったライブ会場だった。そこで才能あるバンドを発掘したRosemaryだが、SHLによってRosemaryのビジネスは破壊されてしまう……。

この小説の政府と現在アメリカのトランプ政府とでは対応がまったく逆なところが微妙ではあるが、パンデミック後の「ニューノーマル」の社会を深く考えさせるSFだ。

パンデミックで人々が隔離された生活をするようになり、Amazonはますます人々の日常生活に入り込んでいる。何をどこでどう購入するのか、利用者のデータをすべて持っている。その恐ろしさを感じている人は多いと思う。この小説では、Amazonを連想させるようなSuperWallyや、ミュージシャンを道具としてしか扱わないSHLが、隔離政策を利用して人々を完全に操ろうとしている。これはSFとはいえ、現実的な恐怖だ。

現在アメリカで起こっている「自宅待機」や「マスク使用」への反発、抗議デモでの若者の団結などを見ると、このSFが語る「人々が実際につながることへの強い欲求」には説得力がある。

世界は悪い方向に向かっているようにも見える。だが、このSFの登場人物がほとんど女性で、恋愛関係もすべて同性愛ばかりであり、それがごく自然に描かれていることに社会が実際には進歩していることを実感する。筆者が子どもの頃に愛読したSFは、今振り返ると主要人物はほとんど男性であり、恋愛関係もヘテロセクシャルの男性の視点ばかりだったから。

こういったことを考えると、未来は決して暗くはないと思うのだ。また、未来を作るのは私たちなのだから、自分たちでなんとかしなければならない。それも感じさせてくれるSFだ。

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