故郷のコロンビアとアメリカに分断された家族のストーリー Infinite Country

作者:Patricia Engel
Publisher : Avid Reader Press / Simon & Schuster
発売日:March 2, 2021
Hardcover : 208 pages
ISBN-10 : 1982159464
ISBN-13 : 978-1982159467
適正年齢:PG15
難易度:7
ジャンル:文芸小説
キーワード/テーマ:コロンビア、アメリカの不法移民、移民家族、アメリカンドリーム

政治家の暗殺やテロ行為、麻薬取引で荒れるコロンビアの首都ボゴタでティーンのときに出会ったMauroとElenaは、ゆっくりと愛を育てていった。長女が生まれたとき、2人は経済的な理由からアメリカに渡ることにする。最初は短期滞在で働き、貯金をしたら祖国に戻るつもりでいたのだが、ビザが切れる寸前にElenaが妊娠したことがわかる。アメリカで生まれた子供はアメリカ国籍を得ることができる。2人は生まれてくる子供の将来のために不法滞在者として残ることを決める。

しかし、子供が3人になって経済的な負担がさらに大きくなるときにMauroが通報されてコロンビアに強制送還されてしまう。不法滞在で強制送還された者は、何十年もアメリカへの入国が許されない。単独で3人の子供を育てることになったElenaは、生まれたばかりの赤ん坊を世話をしながら働くのは不可能だと判断する。そこで、コロンビアに残った母に末っ子のTaliaを送って育ててもらった。

不法滞在者であるために祖国を訪問できないElenaと、強制送還されたためにアメリカに入国できないMauroは電話で時折話をするだけだ。Elenaの母が亡くなった後は、2つの家族の心の距離はさらに広まる。

15歳になったTaliaは成績が良くて問題を起こしたことがない優等生だった。アメリカ国籍がある彼女は、成長したらアメリカに行くことになっていた。だが、野良猫を残酷に殺害した男に報復して矯正施設に入れられてしまう。そこから逃げたTaliaは、アメリカに向かうためにヒッチハイクで実家に戻ろうとする……。

Mauroの生い立ちとElenaとの出会い、矯正施設を脱出したTaliaの逃亡の旅、初めてアメリカに渡ったMauroとElenaの失望、不法移民のシングルマザーとしてのElenaの苦難など時間と空間が何度も行き来する構成は、中南米の文学に馴染みがある人にはさほど珍しいものではない。古くから伝わる伝説が交じるところも、中南米文学の雰囲気がたっぷりだ。表紙を見たときにすっかり中南米作家の翻訳書だと思いこんでいたのだが、作者のPatricia Engelはアメリカ生まれのアメリカ人である。だが、彼女の両親はコロンビアからの移民だ。

アメリカとコロンビアに引き裂かれたMauroとElenaのストーリーは、アメリカに数え切れないほどある中南米からの移民のストーリーと言えるだろう。強制送還を恐れて警察に訴えることができないElenaのような不法移民を性暴力のターゲットにする雇用者もいるだろう。これらを読んで涙しない読者はいないと思う。

だが、Karla Cornejo Villavicencioが書いたノンフィクションのThe Undocumented Americans ほどのインパクトがなかったのも事実だ。Villavicencioは、Infinite Countryに登場するMauroとElenaの長女Karinaと同じ立場だ。幼い時に両親に連れられてアメリカに来た彼らは、アメリカしか知らずに育ったのにアメリカ人として認めてもらえない不法移民だ。ここがInfinite Countryの作者であるEngelとは異なる。Villavicencioが描いた不法移民たちと比べてEngelの描く登場人物たちにリアル感があまりないのは、この差があるのかもしれない。

リアル感について誰よりも気になった人物がElenaだ。シングルマザーとして3人めを産んだとき、Elenaは「子供を育てるためのお金もないのに、なぜあなたたちは無責任に子供をたくさん産み続けるのか?」といった意味のことをナースから言われる。失礼な発言であることは事実だ。問題はその時のElenaの反応だ。「赤ちゃんは両脇の下にパンを抱えてやってくる(a baby arrives with a loaf of bread under its arm)」祖国コロンビアに伝わることわざを引用し、「自分にとって子供は重荷ではない」とElenaは思うのだ。

実際にElenaの立場の女性が本当にこう思えるのだろうか? 実際に、産んだばかりの赤ちゃんを育てられないから祖国に送ることになったというのに。産んだ子供と離れ離れになるだけでなく、もう二度と会えないかもしれないのに。

そもそも、作者が引用したことわざにしても、度重なる妊娠と出産で健康を害し、夫から強要される性交渉から逃れたいと思う女性の権利を抑え込むための洗脳だったかもしれない。「女にとって最も尊い仕事は、多くの子供を産んで育てること」という洗脳は、中南米に限らず、世界中にあったものだ(今でもある)から。ここは「なんでも合理主義のアメリカに比べると、祖国コロンビアにはナチュラルで美しい母性や家族愛がある」という示唆を含む場面なのだが、それはちょっと美化しすぎではないか。Elenaと同じ体験をした女性は、もっと言いたいことがたくさんあると思った。なのに、作者がElenaに与えたのは現実離れした聖母像だ。

作者はコロンビア系アメリカ人であり、文化を引き継いでいる人だから、アメリカでは「文化の盗用(Cultural appropriation)」という批判はされない。だが、読者としては正直なところ「知らない場所や知らない体験だからこそ、美化できるのかもしれない」と思う部分が多くて残念だった。文章は美しいし魅力的である。今年の話題作になっているのが納得できる作品だ。

しかし、アメリカの不法移民について1冊選ぶのであれば、私はThe Undocumented Americansのほうをおすすめする。

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