魅力的で冷淡な恋人であるアメリカを愛する移民の哀愁 Homeland Elegies

作者:Ayad Akhtar
Publisher : Little, Brown and Company
発売日:September 15, 2020
Hardcover : 368 pages
ISBN-10 : 0316496421
ISBN-13 : 978-0316496421
適正年齢:PG15(性的な話題はあるが多くはない)
難易度:8(英語も文章もシンプルなので、その点では7。だが、文章に含まれた意味を理解するためには読解力が必要。スルスル読めるミステリなどとはそこが異なる。)
ジャンル:文芸小説(ほぼ回想録)
キーワード/テーマ:アメリカの移民、アメリカのイスラム教徒、9/11同時テロ以降のアメリカ、人種差別、トランプ、トランプを支持するマイノリティの心理、父と息子、「アメリカ人」の定義
賞など:New York Times 10 Best Books of the Year/オバマ元大統領の2020年の推薦書
 

2020年にオバマ元大統領が推薦書のひとつに選んだ「Homeland Elegies」は、フィクションが含まれているものの、作者の回想録に限りなく近い小説と思われる。

主人公の父は故郷のパキスタンからアメリカに移住した野心的な移民だ。心臓病の専門医になり、稀有な不整脈の第一人者として有名人の患者を診るようになる。そのひとりがドナルド・トランプだった。トランプから特別扱いされた父は、トランプと、トランプが代表するアメリカ的なものにぞっこん惚れ込んでしまう。トランプを崇める彼は医師の職を離れてビジネスを始め、トランプと同じ仕立て屋を使い、高級娼婦と不倫を始める。彼はいったんビジネスで経済的に成功するが、ギャンブルやアルコール依存症などの問題も抱え、事業に失敗して再び心臓病専門医の仕事に戻る。

アメリカで生まれた育った主人公にとっての「故郷」はアメリカであり、パキスタンではない。イスラム教徒だが特に信仰深いわけでもない。近所の友達と自転車を乗りまわす子供時代を送り、アメリカのテレビ番組を観て育った生粋のアメリカ人だ。ブラウン大学で学び、卒業後はハリウッドに行って脚本家になり、2001年同時テロとイスラム教徒の移民をテーマにした演劇の脚本でピューリッツァー賞を受賞する。

「アメリカ人」として育った主人公よりも父のほうが無条件で情熱的にアメリカを愛しているのだが、これは多くの移民にあてはまることかもしれない。別の国で生まれてアメリカを選んだ者のほうが、この国で生まれ育った者よりも幻想で恋に堕ちることができるし、恋人の欠陥を見て見ぬ振りができるのだろう。

ある意味では、他の国から移住してきた主人公の父親のような移民のほうがアメリカを簡単に受け入れられるのだ。アメリカで生まれ育った主人公や、主人公の友人のRiazのほうが葛藤が大きい。

裕福なヘッジファンド投資家のRiazと主人公が、イスラム教徒について他人が抱くイメージについて語り合う場面がある。同じようにアメリカ人として育った2人だが、意見は食い違う。Riazは「彼ら(自分たちを差別する者たち)がどれほど間違っているのかにこだわるのにはれっきとした理由がある」「こうして話し合っていることからしてそうではないか。君はここで生まれた。僕もそうだ。けれども、僕たち自身が自分たちをよそから来た者として語っている。どうしてそうなったのかい?」と主人公にくいかかる。

主人公は「君の場合は知らないけれど、僕の場合は自分の家で起こったことだ」と反論する。他国から来た両親に育てられたことのほうが大きいのだというものだ。その時に彼はさらに「僕の父はアメリカを愛している。正直言って時折まったく理屈にあわないほど愛している。彼は自分がアメリカ人だと思っているけれど、それは実際にはいまだにアメリカ人になりたがっているということだ。いまだに自分が本当のアメリカ人だと感じていない」と語る。

この複雑な移民の心理は、実はイスラム教徒の主人公や父親だけでなく、歴史のある一定の時期にマイノリティだった移民が感じてきたことだろう。そういう意味で、とてもアメリカ的だと言える。

何があってもトランプとアメリカを一方的に愛し続けた主人公の父は、両方から裏切られた気持ちで故郷に戻る。

教えている大学で過激なイスラム教グループの若者たちから攻撃のターゲットになった主人公は、ステージで無事に対談を終え、Q&Aで年配の白人男性からの質問に答える。「そんなにここが嫌いならなぜ去らないのか?」といった内容の質問に「では、私がここ以外のどこに行けばいいとお考えですか?」と主人公は尋ね返す。そして、こう説明する。

「私がここに住んでいるのは、私がここで生まれ、ここで育てられたからです。私は生まれてからずっとここで過ごしているのです。良くも悪くもーいつも両方少しずつ混じっていますがーここ以外のところにいたくはないのです。いたいと考えたこともありません。アメリカは私の故郷なのです」

このQ&Aは、多様なアメリカ移民の複雑な気持ちを代弁してくれている。

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