ギリシャ神話を女性登場人物に語らせると、神と英雄の呆れる実態が浮かび上がってくる。 Ariadene

作者:Jennifer Saint
Publisher : Flatiron Books
刊行日:May 4, 2021
Hardcover : 320 pages
ISBN-10 : 125077358X
ISBN-13 : 978-1250773586
適正年齢:PG14(一般向け。レイプや暴力の話題はあるが特に問題なシーンはない)
読みやすさ:8(ギリシャ神話の神の名前や場所などが多出。ギリシャ神話をまったく知らない場合には読解が難しいかもしれない)
ジャンル:文芸小説/古典の改作
キーワード/テーマ:ギリシャ神話、アリアドネ、テセウス、デュオニソス(バッカス)、クレタ王ミノス、ミノタウロス、パイドラ、ナクソス島

Creteの王MinosはZeusの息子であり、隣国を脅かすパワフルな統治者だ。強力な軍隊を持つだけでなく、牛頭人身の怪物Minotaurを所有している。MinosはPoseidonに白い雄牛を生贄に捧げると約束したのだが、その約束を破ったためにPoseidonがMinosの妻に呪いをかけて雄牛と交わらせ、Minotaurを産ませたのだった。Minosは自分の過ちを悔やむどころか、隣国を震え上がらせる怪物を手に入れたことを誇っている。Minosの娘Ariadneは、弟が赤ん坊の頃に面倒をみていたのだが、人を食い殺す怪物に育ってからは複雑な思いを抱えている。

Minosの息子が競技の後にAthensで殺されたことから、Athensは毎年子どもたちをMinotaurへの生贄として捧げることになっていた。MinotaurはDaedalus(イカルスの父で発明家のダイダロス)が作った誰にも出ることができない迷路に閉じ込められていて、生贄はその迷路に連れ込まれる。Ariadneは毎年その催しに参加するのを避けてきたのだが、ある年妹の要求で生贄たちを迎えるセレモニーに参列した。その中に、美しい若者がいることにAriadneは気付く。それはAthensの王子であるTheseusだった。生贄の身代わりになって来たという王子の勇気にAriadneは惹かれる。数々の有名な逸話がある英雄のTheseusが生贄の代役を引き受けたのは、Minotaurを倒すためだった。父のMinosの残虐さを憎み、罪のない子供たちが犠牲になっていることに罪悪感を覚えていたAriadneはDaedalusから迷路を出る方法を学び、TheseusがMinotaurを殺して脱出するのを助けた。

かつて愛した弟の死に関わり、しかも父を裏切ったAriadneは祖国に残ることはできない。結婚を約束したTheseusとともにCreteから船で逃亡した。しかし、TheseusはAriadneを裏切って無人島のNaxosに置き去りにし(本当にサイテーな男である)、祖国では単独で怪物を倒した英雄かつ新しい王として大歓迎される。そのいっぽうで、Ariadneと仲が良かった妹には姉の悲劇的な死の創作話を伝えて両国の親善のために妻として迎えた。

Ariadneが飢えと脱水で死にかけていたところに、この島を拠点にしているDionysus(バッカスとしても知られているワインの神)が訪れた。身勝手な神と英雄に翻弄されてきたAriadneはDionysusをなかなか信用することができないが、友情を深めるうちに、明るくて親切なDionysusを信じることにする。5人の子供が生まれ、島で平和な暮らしをしていたのだが、Dionysusの変化が無視できなくなってきた……。

ギリシャ神話を読んでいると、神々や英雄の身勝手さに呆れることが多い。子ども用のバージョンを読んだときでさえそう思ったのだが、大人バージョンになるとさらにひどい。男の神や英雄は気に入った女を見かけたら誘拐もするし、相手の同意などは得ずにレイプする。そして、飽きたら簡単に捨てる。そして、女の神は自分の恋人や夫が女をレイプしたら、男のほうではなく犠牲者の女のほうを罰する。一般的に、Minosのように犯罪を犯した男ではなく、妻のほうが罰として呪いをかけられることになっているようだ。また、TheseusやMinosのように女を誘惑して援助してもらい、大きな偉業を成した後で女を捨てるパターンは数え切れない。それを恥じるどころか、自慢話になっている。

いずれもよく読むとひどい話なのだが、これでも英雄と神の視点(あるいは書いた男性作家の視点)なのだ。登場する「悪い女」とか「愚かな女」が同じ出来事を語っていたら、いったいどんな真実が暴かれるのだろう?

そこに興味を抱く読者は少なくないだろう。そこで、最近ではギリシャ神話を学んだ女性が女性の登場人物の視点で語り直した小説を書くようになっている。最近注目されたギリシャ神話の改作がCirceだが、このAriadneも同類の小説である。作者はギリシャ神話が大好きな高校の英文学教師で、13年間教職に就いたが現在は執筆業に専念しているとのことだ。文章が美しく、心優しいAriadneにすんなり感情移入できる。

Circeが好きだった読者におすすめ。

1 thought on “ギリシャ神話を女性登場人物に語らせると、神と英雄の呆れる実態が浮かび上がってくる。 Ariadene

  1. 『Circe』が好きだった読者です。『Ariadne』にも心を揺さぶられました。昔、ギリシャ神話の日本語訳を読んでみようとした時に、登場人物の多さや関係の複雑さに頭がこんがらがったり、感情移入ができなくて「つまらない」と思ったりして、挫折を繰り返し、結局読み通すことができなかったのですが、『Circe』と『Ariadne』は、とてもおもしろくて、どんどん読み進めることができました。このジャンル、はまりそうです。

    神や英雄たちの言動があまりにもひどくてイライラしっ放しだったので、「Ariadne と Phaedra がギャフンと言わせてやってくれたらいいのに・・・」などと思ったりしましたが、そうするとリテリングではなくて創作(?)になってしまうのでダメですよね(笑)。

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