精神疾患のスティグマを描く悲喜劇ラブストーリー Sorrow and Bliss

作者:Meg Mason
Publisher : Harper
刊行日:February 9, 2021(アメリカ)
Hardcover : 352 pages
ISBN-10 : 0063049589
ISBN-13 : 978-0063049581
適正年齢:一般向け(PG15)
読みやすさ:8
ジャンル:文芸小説、Tragicomedy(悲喜劇)
キーワード:精神疾患、スティグマ、ラブストーリー、孤独、

Marthaは、自分が難しい性格だということを自覚している。17歳のときに脳の中で「a little bomb went off(小さな爆弾が炸裂した)」時から精神的な問題を抱えていたが、家族を含めて誰からも理解されず、専門家からの援助も受けずに対応してきた。

Marthaの精神的な問題は性格の問題と捉えられていて、そのために健全な人間関係や安定した仕事を得ることも難しい。マイナーな有名人のアーティストの母は家族を身勝手な言動でふりまわすだけで、問題を抱える娘を援助しようとはしない。

そのなかで唯一Marthaを無条件で愛し続けたのが夫のPatrickだ。

Marthaは、他人から出会いを尋ねられると「Patrick’s sort of like the sofa that was in your house growing up(パトリックは、子供時代に自分の家にあったソファーのようなもの)」と答える。2人が出会ったのはPatrickが寄宿学校の生徒だった13歳のときだ。子供に無関心な父親が航空チケットを送ってこなかったためにクリスマス休暇で家に帰れなかったPatrickを気の毒に思ったMarthaの年下の従弟が家族のクリスマスに誘ったのだった。それ以来、PatrickはMarthaの家族のメンバーのようになり、シャイなPatrickは美しくてカリスマ性がある年上のMarthaに密かな恋心を抱き続ける。

Patrickの唯一の願いはMarthaから愛してもらい、彼女を幸せにすることだった。だが、どんなに努力してもMarthaを幸せにすることはできない。あるときついにPatrickは諦める。

何があっても失わないと思っていたPatrickを失ったMarthaはどん底に陥る。そして、過去を振り返ることで、自分がどういう人間なのか、そして、自分とPatrickとの関係の本質とは何なのかを理解しようとする……。

語り手のMarthaを好きになるのは難しい。強烈なキャラクター揃いの彼女の家族にも感情移入はしにくい。好感を抱ける人物はPatrickくらいなのだが、彼にしてもなぜゆえMarthaにそこまで尽くすのか理解に苦しむ。

Marthaは本当に救いようがない人物なので、読むのをやめたくなるかもしれない。でも私はドライでシニカルな笑いを楽しみながら「きっと何か私たちの知らないことが明らかになるだろう」と思い続けて読んだ。

Marthaは40歳目前になってようやく精神疾患の診断を受ける。最初に症状が現れたときに専門家に診察してもらったのだが、母は嘘をついてMarthaが治療を受ける道を閉ざしてしまったのだった。診断名を得たことがMarthaのターニングポイントになるのだが、人生が好転する前に、母を含めた周囲の人々への怒りが爆発して人間関係をどんどん破壊してしまう。

この小説ではその診断名は書かれていないが、作者によると特定の疾患ではなく創作(いくつかの実存の疾患の症状を使っているらしい)のものだという。精神疾患のスティグマを語るための設定であり、特定の疾患にこだわるのを避けていることがわかる。

Marthaに心から同情するのは、子供を産むことに対する彼女の本心が明らかになったときだ。ここではもらい泣きせずにはいられない。

PatrickがMarthaを無条件に愛した理由はよく理解できないのだが、いつの間にか「愛とはそういうものなのだ」と納得している。そして、彼らが愛を蘇らせるのを応援している自分に気づく。不思議に説得力があるラブストーリーである。

Leave a Reply