さまよえるアメリカの高齢労働者問題を描いて映画化もされたノンフィクション Nomadland

作者:Jessica Bruder
Publisher ‏ : ‎ W. W. Norton & Company
刊行日:September 19, 2017
Hardcover ‏ : ‎ 320 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 039324931X
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0393249316
適正年齢:PG 15
読みやすさ:8
ジャンル:ノンフィクション(ルポ)
キーワード、テーマ:アメリカの高齢者、高齢ノマド労働者、vanlife、キャンピングカーでの生活、ハウスレス、映画『ノマドランド(Nomadland)』

2021年公開の映画『ノマドランド(Nomadland)』は4月のアカデミー賞で作品賞を受賞し、中国で生まれた女性監督のクロエ・ジャオは有色人種の女性として初めて監督賞を受賞した。主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドはプロデューサーでもあり、多くの意味で話題になった。本書は、その原作。

作者のジェシカ・ブルーダーはニューヨーク・タイムズ紙などに記事を掲載してきたジャーナリストで、コロンビア大学で文章創作も教えている。ブルーダーは2007年から始まった金融危機(リーマンショック)で財産や住む家を失った高齢者たちがvan(ワゴン車)に住み、職を求めて移動するノマドの現象に注目した。この現象を取材するために、ブルーダーは中古のvanを購入し、ノマドたちと一緒にメキシコとの国境近くからカナダの国境近くまで移動した。この取材には3年の年月がかかったという。

移動する高齢労働者たち(ノマド)の世界に若いブルーダーを紹介した案内人は当時65歳のリンダ・メイだ。リンダはブルーダーにvanに名前をつけるのも重要だと教える。リンダのvanの名前はSqueeze Innで「there’s room, squeeze in!(詰めれば大丈夫だから、中に入って)」と宿のinnをかけたものだ。そこでブルーダーは自分のvanをVan Halen(ヴァン・ヘイレン)と命名し、3年間で1万5千マイル(約2万4千キロメートル)を移動することになった。

リンダは自分のことを「ハウスレスだけれどホームレスではない」と言う。これは、ノマドたちにとって重要なアイデンティティだ。アメリカでの「ホームレス」にはアルコール依存症、薬物依存症、無職といったネガティブなイメージがつきまとう。ノマドの高齢者には家はないがvanという「ホーム」はある。家を持たずにvanで移動するのは自分の生き方の選択なのだというプライドを示すアイデンティティなのだ。「ハウスレス」のノマドたちは、信じられないほどの重労働をこなす働き者たちばかりだが、そこにも彼らのプライドを感じる。

リンダも2人の娘を生んで育てながら休みなく働いてきた女性である。けれども、共同経営していた床材店のパートナーに裏切られたりする多くの不運が重なり、娘家族が借りている家で居候するまで経済的に追い詰められていた。混んだ家で自分の居場所がない状況に閉塞感を覚え、vanで暮らすことを決意したのだった。ネットで同じような状況の人から情報を得たリンダは、仕事を求めてアメリカ中を渡り歩く高齢の季節労働者である「ノマド」になった。国立公園がオープンする時期になったら管理人としてキャンプ場利用者が汚したトイレを1日3回掃除し、クリスマス前には注文が忙しくなるアマゾンが作った臨時雇用プログラムの「CamperForce」で長時間労働をする。

映画だけでは理解できないことがこの小説には描かれている。たとえば映画だけだと「自由でシンプルな生き方の選択」というポジティブな印象を受ける人もいるようだ。アメリカでは、キャンピングカーのブームが到来しており、若い層で家を捨ててキャンピングカーで暮らす人が増えている。私たち夫婦が所有する四輪駆動のキャンピングカーには同じ車を持つ者が情報交換をするフェイスブック・グループがある。ここのメンバーの中には、家を売ってキャンピングカーを購入し、自宅とオフィス兼用にして旅を続けているプロの写真家やIT専門家もいる。ネットさえ繋がれば、どこでも仕事ができるからだ。高額のキャンピングカーを購入した彼らの場合は「自由でシンプルな生き方の選択」と言えるだろう。だが、高齢者のノマドは経済的にそんな余裕がある人はほとんどいない。少ない選択肢の中で苦難した結果のノマドなのだ。

アメリカではかなりの貯金をしていても、職を失ったり、病気になったら貧困層に転がり落ちる。高齢者ノマドになった人たちは、生まれたときからずっと貧困だったわけではない。また、「アリとキリギリス」のキリギリスのように怠けていたわけでもない。ただ単に運が悪かった人たちなのだ。

本で著者ブルーダーが紹介するノマドの多くがかつては中産階級だった。なかには、マクドナルドの元vice-president(副社長というより部長クラスだと思われる)のチャックやソフトウェア会社の元重役だったドンなど裕福だった人たちもいる。彼らは、2008年の金融危機で財産を失った人々だ。チャックは離婚で家も失った。69歳になった今は、愛犬と一緒に20年ものの中古エアストリーム(キャンピングカー)に住み、クリスマス前にはアマゾンの倉庫で1日12時間の重労働をしている。

「キャンプをしながら働ける」というアマゾンの謳い文句は楽しそうだが、現実はまったく異なる。倉庫は膝や腰に負担がかかるコンクリートの床で、その上を1日中あるき回り、しゃがみ、持ち上げ、腱鞘炎になるほどの同じ動作を繰り返さなければならない。1日の終わりには25kmも歩いているということだが、アマゾンはこれを高齢の労働者にさせているのだ。そのうえ、キャンプ場の利用費や食事の費用も負担しない。仕事中に怪我をしても、保証もしないし、医療保険も出さない。こういったことは、映画には出てこない現実だ。

彼らの身体もそうだが、彼らが住んでいるホームであるvanも老いていく。すべてがしっかり動くうちはなんとか生活を維持できるが、いずれかが故障したら継続は不可能だ。そうなると、彼らが密かに恐れている「ホームレス」になってしまう。高齢のノマドたちは移動する自由さを愛し、それを誇りにしているけれど、ホームレスにならない安定への憧れもある。原書で中心的な役割を果たしているリンダの夢は、自分の土地を持ち、そこに環境的に持続可能なEarthship建築の家を建てることだ。

ところで映画だけを観た人は知らないだろうが、映画に出てくるノマドのほとんどは、リンダやスワンキー、ボブ・ウェルズを含めて原書に出てくる実在の人物だ。映画でのスワンキーの病気は創作だが、リンダがかつて自殺を考えたことを告白する場面は創作ではない。マクドーマンドに実際に告白したシーンをそのまま録画して使ったということだ。映画版の『ノマドランド』には創作とドキュメンタリーが混じっていることになる。

著者ブルーダーはノマドたちと一緒にvan生活をして取材したのだが、主人公のファーンを演じたマクドーマンドも演技のために実際にノマドたちと混じって生活したらしい。若いブルーダーでさえ大変だと思う生活だったのだから、高齢になってから狭いvanで生活しながら肉体労働を続けるのは簡単なことではない。けれども、私がアーカディア国立公園で出会ったノマド労働者たちは「高齢者」のイメージにはまったくあてはまらなかった。生き生きと仕事をし、私たちのような訪問者との出会いを楽しみ、自由時間にはシーカヤックやハイキングも楽しんでいた。

高齢者を簡単に切り捨てるアメリカ社会の冷たさには強い反感を抱くが、それに負けずに最後まで「自分らしく自由に生きる」闘いを続けるたくましいアメリカの高齢者には尊敬の念を覚えずにはいられない。

【注釈】本文は、6月3日にケイクスに記載したコラムを短く修正して掲載しています。

Leave a Reply