ジュンパ・ラヒリが母国語ではないイタリア語で書いて、自分で英語に翻訳した小説 Whereabouts

作者:Jhumpa Lahiri(Interpreter of Maladies、The Namesake, Lowland
Publisher ‏ : ‎ Knopf
刊行日:April 27, 2021
Hardcover ‏ : ‎ 176 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 0593318315
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0593318317
適正年齢:PG15
読みやすさ:6(日本で英語を学んだ人に読みやすい文章)
ジャンル:文芸小説
キーワード、テーマ:イタリア、翻訳小説、孤独

Jhumpa Lahiriはピューリッツァー賞を受賞した短編集のInterpreter of Maladies、オレンジ賞候補になったThe Namesake, ブッカー賞最終候補になったLowlandと、寡作ではあるが優れた作品を生み出してきた作家である。ベンガル系インド人移民としてロンドンで生まれ、3歳のときに両親と一緒にアメリカに渡った。そして、2011年には夫と子供と一緒にイタリアのローマに移住した。

今年アメリカで刊行されたWhereaboutsはこれまでのLahiriの作品とはかなり異なる。イタリア語に魅了されたLahiriが2018年にイタリア語で出版したDove mi trovo(Where I find myself)が原作で、Lahiri自身がそれを英語に翻訳したのがWhereaboutsなのだ。母国語ではない言語で書いた作品を、わざわざ英語に翻訳するというのは実験的な試みである。時々翻訳の仕事をする私にとってはそこが興味深かった。特に、Whereaboutsというタイトルの翻訳は秀悦だと思った。

小説の主人公は、イタリアのある都市で生まれ、そこから一度も離れたことがない中年の独身女性である。通常の小説ではなく、作家と大学教授をしている彼女の人生の一コマが日記か短編のように綴られている。章のタイトルにはOn the Sidewalk, In the Office, At the Museum…と場所の名前がついていて、場所との関係から漠然とした主人公の実像が浮かび上がってくる。

この作品から漂ってくるのは、主人公の孤独である。それは、ひしひしと感じる。しかし、リアリスティックな胸の痛みみは感じなかった。文章はこれまでのLahiriに比べるとミニマリストであり、(当然だが)翻訳っぽい。部分的に非常に美しいところはあるのだが、それより深い部分に入り込もうとすると突き放されてしまう。バスが停車したときに興味深い光景に出会い、それをじっくりと観察しようとしたとたんにバスが走り出してしまうような感じだ。

いくつもの国で暮らしたことがあり、ベンガル人とアメリカ人という2つの異なる文化やアイデンティティの間で引き裂かれる辛さをよく語っていたLahiriなのだから、イタリア人に向けてイタリア語で書くなら彼女自身のユニークな体験やそこから生まれた洞察を活かした「孤独」を描いてほしかった。

Lahiriは多くの国で暮らしたことがあるだけでなく、結婚して子供もいる。そして、イタリアでは最近移住した移民である。なぜ彼女はイタリアのある都市から一度も足を踏み出したことがなく、一度も結婚したことがないイタリア人の中年女性をわざわざ主人公にし、彼女の孤独を描こうと思ったのだろう? 読み続けても私がこの主人公をまったく知ったつもりになれなかったのは、文章表現の問題ではなく、Lahiri自身が主人公のことを知らないのではないか。そんなことを思いながら読んだ。

私はLahiriの代表的な作品はほぼ読んでいるファンなので、この実験的作品は期待はずれだった。

ただし、日本人にはわかりやすいシンプルな英語でページ数も少ないのは日本人読者にとって魅力的だ。他のLahiriの作品が難しく感じる人はこの本を試してみるといいかもしれない。

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