ヨーク公爵夫人セーラ(Sarah, Duchess of York)が歴史ロマンス小説家としてデビュー! Her Heart for a Compass

作者:Sarah Ferguson (Sarah, Duchess of York)
出版社 ‏ : ‎ Mills & Boon(アメリカではWilliam Morrow)
発売日 ‏ : ‎ 2021/8/3
ハードカバー ‏ : ‎ 560ページ
ISBN-10 ‏ : ‎ 000838360X
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0008383602
対象年齢:PG15(高校生以上)
セックスシーン描写レベル:クリーン
読みやすさ:7
ジャンル:歴史ロマンス(ヒストリカルロマンス)
キーワード、テーマ:英国ビクトリア時代、貴族社会、Lady Margaret Elizabeth Montagu Douglas Scott、Walter Francis Montagu Douglas Scott, 5th Duke of Buccleuch (第5代バクルー公爵)

Sarah Fergusonは、ヨーク公爵アンドルー王子(Prince Andrew, Duke of York)とかつて結婚していた「ヨーク公爵夫人セーラ(Sarah, Duchess of York)」として知られている。

Fergusonはこれまでにも児童書や回想録を書いてきたが、それは有名人がよくやることなのでさほど注目するべきことではない。だが、今回は歴史ロマンス小説ということで、出版前から気になっていた。歴史ロマンス小説を読まない人は知らないだろうが、最も売れている重要なジャンルのひとつであり、実力がある作家がひしめきあっている。この分野で腕を鍛えてからベストセラーリストでトップの歴史小説作家やミステリ作家になる者は多い。「有名人」というだけで生き残ることはできない分野だから、腕前を拝見してみたかった。

ヒロインは実在の人物で、スコットランドの第5代バクルー公爵の次女Lady Margaret Elizabeth Montagu Douglas Scottだ。作者Sarahの先祖(great-great-granddaughter)である第6代バクルー公爵の妹にあたる。作者によると、15年前から彼女を主人公にした作品を書く準備をしてきたらしい。

Margaretは作者のFergusonのように赤毛で、奔放なところもあったらしい。そういうこともあって、作者がヒロインに自分を投影しているのがわかる。Margaretは厳格な父が決めた貴族と結婚することになっていたが、その相手に嫌悪感しか抱けず、婚約発表のパーティの最中に逃げ出してスキャンダルを起こす。その後、貧しい者たち、特に子供たちへの慈善事業に情熱を懐き、社会を変える活動をし、その間に成長してゆき、真の愛に気づく。歴史ロマンス小説でよくあるパターンだが、それをどれほど上手く料理して読者に提供するのかで作者の実力が試される。

ゴーストライターなしに挑戦したのかと思って感心していたのだが、やはりいたようだ。表紙には記載されておらず、あとがきで感謝されているだけだが、ロマンス小説のベテラン作家であるMarguerite Kayeが「共著(Ferguson本人の表現)」したようだ。この本の出版社Mills & Boonはイギリスのハーレクインのロマンス専門ブランドであり、「ロマンス小説ジャンルのクイーン」とも呼ばれている。Marguerite Kayeはこの出版社のベテラン作家であり、出版社が「この人を使いなさい」と推薦・任命したのではないかと推察している。

ベテラン作家が援助したこともあって、全体的にはよくまとまっている。第5代バクルー公爵がビクトリア女王と懇意であったことからビクトリア女王や女王の娘も登場し、歴史的な背景の部分は興味深い。だが、読んでいる最中に私が抱いた唯一の感情は「退屈」である。Marguerite Kayeはセックスシーンが多い官能的なロマンス小説を書くことで知られているので、出版前にはこの作品も”bodice ripper”と呼ばれる露骨なシーンが多い官能的ロマンスだという噂があったようだが、性的な描写はキスまでの「クリーン」なロマンスである。だが、それが問題ではなく、出てくる数々のロマンスが退屈なのだ。ヒロインにもヒロインのお相手に対しても、何の感情も抱けない。これではロマンスとして失格ではないかと思った。それに長過ぎる。不要な部分をカットしていたら、もっと読みやすくなっただろう。

退屈なのはロマンスだけではない。登場人物たちと、彼らのやりとりすべてが退屈なのだ。ロマンスのジャンルでのベストセラー作家は、人間観察が優れている。読者に人気がある作品では、登場人物たちの葛藤や言動のニュアンス、やり取りの面白さがロマンスと同等かそれ以上に魅力である。だが、この作品にはそれが欠けている。これは作者に洞察力がないのか、普通の人と触れ合うことがない環境に問題があるのか、それは不明だ。

もうひとつ気になったのが、ヒロインのMargaretを「この時代には珍しく自分を信じ、自己主張をし、社会で恵まれない者のために貢献した」というスーパーヒロインにしようとする作者の意図が鼻についたことだ。他に何もやることがないリッチな貴族の女性が慈善事業をするのは昔からの慣わしだった。だが、その慈善には自己満足と「素晴らしいことをやっている私」への自己陶酔があって、Fergusonの描くMargaretにそれを感じてならなかった。また、自分自身をこのヒロインに投影している作者も見えてしまって、それも鼻白むところだった。

Fergusonがかつて結婚していたPrince Andrewは、未成年に対する性的虐待で逮捕されて獄中で死亡したジェフリー・エプスタインとかつて親密な関係にあり、10代の少女との性交(児童買春)で訴訟されている。私はFergusonと同世代であり、SarahとAndrewの結婚式は当時滞在していた英国人家族と一緒に居間のテレビで観た。そういう思い出もあって、彼らの離婚を含めたスキャンダルの数々はなんとなく耳にしていた。Fergusonは、Margaretを通して自分自身の歴史を書き直したかったのかもしれない。厳しいようだが、読みながらそう感じてしまったので「歴史ロマンス小説」として純粋に楽しむことができなかった。

好奇心を満たす目的であればおすすめできるが、ときめきを覚える「歴史ロマンス小説」を求めている方はきっとがっかりすることだろう。

かなり厳しいことを書いたが、それはゴーストライターを使わずに実力で戦っている他の作者に公平でありたい気持ちが強いからだ。とはいえ、かつての夫とは異なる「自分らしい生き方」をする決意をし、実行に移しているという点ではSarah Fergusonを高く評価したい。

作者はすでに次の作品にとりかかっているようなので、そこで実力が判断されるだろう。

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