ヒラリー・クリントンがベストセラー作家のルイーズ・ペニーと組んで書いたスリル満点の正統派国際政治スリラー State of Terror

作者:Hillary Rodham Clinton, Louise Penny
Publisher ‏ : ‎ Simon & Schuster/St. Martin’s Press
刊行日:October 12, 2021
Hardcover ‏ : ‎ 512 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 198217367X
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1982173678
適正年齢:一般(セックスシーン描写のレベル:クリーン)
読みやすさ:7(ページ数は多いが、文章はシンプルで読みやすい)
ジャンル:国際政治スリラー
キーワード、テーマ:Secretary of State(国務長官)、核兵器、dirty bomb(放射性物質散布装置)、イラン、パキスタン、アフガニスタン、ロシア

元大統領のビル・クリントンが、ギネスブックに出てくるほど多くのヒット作を出している作家のジェイムズ・パタースンと組んで書いたThe President is Missingという政治スリラーを刊行したのは3年前のことだ。この作品は大ベストセラーになり、このペアは今年ふたたびThe President’s Daughterという政治スリラーを出した。それに対抗するように、ヒラリー・クリントンも最近になって政治スリラーを刊行した。

ヒラリーが共著者として選んだのはLouise Penny(ルイーズ・ペニー)だ。ペニーは、ケベック州の小さな村であるThree Pines(スリー・パインズ村)のChief Inspector Armand Gamach(「ガマシュ警部」を主人公としたシリーズで有名なベストセラー作家である。Three Pinesのシリーズは新刊が出るたびに全米でNo.1のベストセラーになるほど情熱的なファンが多い。ビルの共著ペアとの違いは、ヒラリーとルイーズがずっと前から友人だったというところだ。読んでみると、この違いが内容にも影響を与えていると感じられる。

State of Terrorの主人公は、新しく就任したばかりの女性国務長官Ellen Adamsだ。オバマ大統領が政敵であったヒラリーを国務長官に選んだように、新任の大統領Doug Williamsは自分のライバルを支持して自分へのアンチ・キャンペーンを繰り広げた政敵のEllenを国務長官に選んで世間を驚かせた。メディアは、その理由は政敵やライバルを集めたリンカーン大統領に倣ったか、あるいは孫武の兵法にあるように「友を近くに置け。敵はさらに近くに置け」ではないかと分析したが、Ellenはそのどちらも違うと知っている。

新任の国務長官は海外を飛び回ることになるので、大統領は敵をホワイトハウスから遠ざけておくことができる。Williams大統領の前任であるDunn前大統領が国際関係を徹底的に破壊させたため、アメリカの信頼は地に落ちていた。それを回復させるのは容易なことではない。Ellenが大失敗するのは時間の問題なので、彼女の信用が地に落ちてから首にするというシナリオだった。

Willams新大統領が予期していなかったのは、任期が始まってすぐに起こった国際テロ事件だった。最初はロンドンでバスが爆破され、次はパリで同じことが起こった。これまでのテロと異なるのは、テロを犯したグループが名乗り出ないことだった。ロンドンのバスの爆破で死にかけたジャーナリストの息子に疑いをかけられたEllenは、これまでとは異なる集団の異なる目的を察知して危険な国々のトップに会いにでかける。信用できないのは、イランやロシアの指導者だけではない。アメリカの前大統領とその支持者、そして、現在の閣僚やホワイトハウスで働く者たちの中にも裏切り者がいるようだ。Ellenは補佐として雇用した幼稚園時代からの親友のBetsyを頼りにテロの首謀者と裏切り者を突き止め、アメリカ国内での爆弾テロを防ごうとする……。

ビル・クリントンがジェイムズ・パタースンと共著した政治スリラーからはビルのマッチョな英雄ファンタジーを感じるが、それ以外は政治的に無難な作品だ。それと比べ、ヒラリー・クリントンがルイーズ・ペニーと共著したこの国際政治スリラーは、異なる名前を使っているだけで、ドナルド・トランプ、ウラジーミル・プーチン、アリ・ハメネイ最高指導者、ボリス・ジョンソンなど実在の人物を連想させる登場人物ばかりだ。William大統領は、トランプそっくりそのもののDunn大統領に続く新大統領なので時代は異なるが、現大統領のジョー・バイデンではなく、バラク・オバマに近いのではないかと感じる。

2008年大統領選挙の激しい予備選を解説したGame Change、オバマ政権で国務長官を努めたヒラリーの自伝 Hard Choices、ヒラリーと同時期にオバマ政権で国防長官を努めたロバート・ゲイツの自伝Dutyなどを読んだ経験から、オバマ大統領とクリントン国務長官との関係が複雑であったことは想像できる。この国際政治スリラーState of Terrorは、新任の国務長官だったときのオバマとヒラリーの関係を想像させるような生々しさがある。これまでのヒラリーが自伝で口を濁してきたことを、「フィクション」という形で自由に書けるようになったからかもしれない。State of Terrorがビル・クリントンのスリラーより面白いのは、体験者でしかわからない政治的なかけひきの生々しさやリアルさだ。詳細部分でまるで壁のハエになったような気分を味わえるので、500ページ以上の長さだが全く飽きることがなかった。

ヒラリーが選んだ共著者もいい。ケベック州の小さな村を舞台にしたルイーズ・ペニーの人気シリーズの魅力は登場人物たちの心理が見事に描かれているところだ。それがこの国際政治スリラーでも活きている。Ellenが母としての私的な感情と国務長官としての公人の立場で悩むところなども読み応えがある。スリラーにはよくロマンスが含まれているが、このスリラーの中心にあるのはEllenとBetsyとの友情だ。ガマシュ警部がカメオ出演するところも読者サービスとして楽しめる。

ヒラリーは現役の政治家時代に核兵器についての危機感をよく口にしていたが、その最悪のシナリオもここでは描かれている。現在のアメリカの政治的分断の危うさについても。State of Terrorは、ヒラリーのファンでなくても政治好きなら絶対に楽しめる本格派の国際政治スリラーである。

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