ウクライナの歴史を学べるノンフィクション

ロシアによるウクライナ侵攻について、ソーシャルメディアでは多くの意見が飛び交っている。

罪もない人々が殺される映像を観ると、遠く離れた国で暮らす人々も「何かをしなければならない」という強い衝動にかられる。それは情を持つ人間として当然のことだ。侵攻されたウクライナとウクライナの人々に応援のメッセージを送る、ウクライナ大使館に寄付金を送る、難民受け入れを支援する、といった形でその気持を行動に移すのはポジティブな対応だ。

しかし、ソーシャルメディアでは「ロシアにも言い分がある」「アメリカはウクライナを利用して捨てた」などといったインスタント時事評論家があふれている。ロシアが得意とする情報操作をそのまま広めている人も。

私は米国のイラク侵攻(私は当時からアメリカ人の家族に対しても「これは侵攻だ」と言ってきた)にも反対だったし、今回のロシアによるウクライナ侵略にも強く反対する。だが、それ以外についてはなるべく私自身の意見は言わないようにしている。なぜならウクライナの歴史は非常に複雑であり、私などが意見をのべられることはないからだ。そのかわりに、複雑な歴史を知るために、いくつかの本を読んでいる。その中で、「これはお薦めできる」と思った本を2つご紹介しよう。

The Gates of Europe: A History of Ukraine
作者:Serhii Plokhy

Publisher ‏ : ‎ Basic Books
初版刊行年:2015
Paperback ‏ : ‎ 448 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 1541675649
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1541675643
Shevchenko National Prize受賞作

著者のSerhii Plokhyは、ハーバード大学教授で、ハーバード大学ウクライナ研究所(Harvard Ukrainian Research Institute)の所長も兼任している。ロシアで生まれたウクライナ人で、ウクライナで育ち、ソビエト連邦のペレストロイカ時代にドニエプロペトロフスク大学で教授を務めていた。少なくともアメリカではウクライナの歴史については第一人者とみなされている。
本書は、紀元前から現代(出版前)までのウクライナの歴史を紹介する「まとめ」的な歴史書で、ウクライナの文学賞「Shevchenko National Prize」を受賞した。ウクライナは、ヨーロッパ、ロシア、アジアを繋ぐ場所に位置しているために、ローマ帝国、オットマン帝国、モンゴル帝国、ナチスドイツなど多くの大国から侵攻され支配された歴史がある。ノンフィクションでもその人の政治的な立ち位置が反映しがちだが、この本は中立の立場で書かれていると評価されている。長い歴史なので大イベントも簡潔に書いてあるのだが、アイデンティティに宗教や言語が影響していることもあって、すっとは理解できない。「そう簡単には理解できない」と思い知らせてくれるだけでも読む価値がある本だ。

 

 

 

古い地図を見ると、国境線が何度も書き換えられた複雑な歴史が視覚的に想像できる。

 

Red Famine: Stalin’s War on Ukraine
作者: Anne Applebaum

Publisher ‏ : ‎ Signal
初版刊行年:2017
Hardcover ‏ : ‎ 496 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 0771009305
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0771009303
ライオネル・ゲルバー賞受賞作

Anne ApplebaumのTwilight of Democracyを以前に紹介したが、この作者もロシアと東ヨーロッパの歴史と時事については第一人者とみなされている。本書の謝辞に前述のSerhii Plokhy教授の名前も出てくる。だが、PokhyのGates of Europeよりもずっと読みやすく、状況が目に浮かぶような文体だ。

本書は、1932年から1933年にかけて4百万人近くのウクライナ人が死んだHolodomor(ホロドモール)がスターリンによるウクライナ人をターゲットにした計画的な大飢餓であったこと、それに至るソビエト連邦内部での政治的背景が詳しく書かれている。世界中の学者、体験者を取材して書かれた大作だ。飢えているのに自分で収穫した作物を食べることが許されず、路上で次々に死んだ人々のことを想像すると胸が痛む。

路上で餓死している人の姿が日常的な光景になってしまっている社会の恐ろしさを感じる写真。

 

本書の最後の章では、2014年のクリミア危機・ウクライナ東部紛争の内情の説明もあるが、そこでのプーチンのプロパガンダを読むと、現在起こっていることの悪い予感を読んでいるような気分になる。

スターリンはプロパガンダで隣人同士を対立させたのだが、ロシアのプロパガンダであるフェイクニュースをソーシャルメディアで広めて対立に手を貸している現代の私たちを見ると、人間の本性がそう変わっていないことが悲しくなる。

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