気候変動が進んだ近未来を描く野心的な(でも残念なことに詰め込みすぎな)スペキュラティブ・フィクション Camp Zero

作者:Michelle Min Sterling
Publisher ‏ : ‎ Atria Books
刊行日:April 4, 2023
Hardcover ‏ : ‎ 304 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 1668007568
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1668007563
対象年齢:一般(R:性的コンテンツ、バイオレンス)
読みやすさレベル:7
ジャンル:スペキュラティブ・フィクション、近未来小説
テーマ、キーワード:気候変動、社会格差、コロニアリズム、フェミニズム

気候変動が進んだ近未来の2049年が舞台。北アメリカ大陸の南部は灼熱の砂漠化しており、生き残りをかけた人々の移動で北部は過密化していた。そのさなか、カナダ北西部のかつて化石燃料の採取で栄えたが、採取が禁じられてからゴーストタウン化している過疎地で著名な建築家のMeyerがある極秘のプロジェクトを進めていた。「Camp Zero」と呼ばれるその地は、気候変動が進んだ未来での新しい生き方を実現するというMeyerのビジョンで作られたものだった。

仕事を提供されてCamp Zeroに集められたのは、建築のために地面を掘る「Digger」と呼ばれる肉体労働者に加え、コードネームとして花の名前をつけられた「Bloom」と呼ばれるセックスワーカーの女性たちがいた。bloomらは高等教育を受けた女性で、Meyerと彼に出資しているエグゼクティブのみが相手だった。Roseはある富豪に雇われ、Meyerをスパイするために潜入していた。成功すれば韓国からの移民である母をボストンの富豪が居住する人工のfloating cityの住民にしてやるという約束に惹かれたからだった。

同じくボストンからやってきたのはエリート大学を卒業したばかりの理想主義者であるGrantだ。何世代にもわたって巨大な富と権力を築き上げた一家の跡取りであるGrantは、家族の影響が及ばないカナダの過疎地でユートピアの大学教授になることに誇りを覚えていた。しかし、Camp Zeroに到着してみると、想像とはまったく異なる状況だった。

いっぽう、この地域には伝説化している女性のミリタリー集団がいた。冷戦時に作られた気候観察の調査基地に住む彼女たちはなぜミリタリー化したのか…。

作者のSterlingは、この小説の舞台になっているカナダのブリティッシュコロンビアの出身で、現在はボストンの近郊ケンブリッジに住み、バークリー音楽大学で文章創作を教えている。この本はSterlingのデビュー作であり、「Today Show」の #ReadwithJenna ブッククラブの選書になるなどして刊行前から話題になっていた。

気候変動や社会格差のリアルな問題、コロニアリズム(先住民の土地を白人であるカナダ人の祖先が奪い、そのカナダ人の土地をアメリカの富豪が買収しようとする皮肉)、男性中心の社会がもたらした利己的な社会批判、などを盛り込んだ野心的な作品であり、考えさせられるところは沢山ある。そのいっぽうで、読み勧めるうちに「盛り込みすぎ」という印象が募ってくる。個々の人間の行動にもいまひとつ説得力が欠けていて、リアルに感じることができなかった。あれも、これも入れすぎて、それぞれのテーマが深まらずに終わってしまった感じだ。結果的に、登場人物の誰に対しても入り込むことはできなかったし、未来に対しての作者の見解も曖昧なままだったのが残念だ。

曖昧な結末が効果的な場合はもちろんあるが、この本の場合にはそれが活きていたとは思えなかった。とはいえ、近未来の深刻さを感じさせる本としては読む価値があるだろう。

内容とは別のことだが、アメリカ版の表紙をデザインした人(それを推した担当者)は反省してほしい。これだと、「カナダの先住民の女性のストーリー」と勘違いする読者がいるだろう。たぶん、韓国人と白人の混血であるRoseを描いたつもりなのだろうが、それにしてもこの本はRoseのストーリーではない。アメリカの出版社はよくこういうカバーデザインをするので、イライラする。カナダ版のほうがずっといいので、そちらをここに掲載しておく。

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