それを、真の名で呼ぶならば – Call Them by Their True Names: American Crises (and Essays) レベッカ・ソルニット(著)翻訳担当

作者:Rebecca Solnit
ペーパーバック: 188ページ
出版社: Haymarket Books
言語: 英語
ISBN-10: 1608469468
ISBN-13: 978-1608469468
発売日: 2018/9/4
適正年齢:PG15
難易度:超上級(歴史、文学、社会状況を理解していないと、省略されている言葉や、punという語呂合わせなどが理解できない。よく考えないと意図を誤解しそうになる箇所もあるので要注意)
ジャンル:エッセイ
文芸賞:2018年全米図書賞候補
2019年 これを読まずして年は越せないで賞 候補

レベッカ・ソルニットは、日本でも『説教したがる男たち』、『迷うことについて』、『ウォークス 歩くことの精神史』(いずれも左右社)、『災害ユートピア』(亜紀書房)などの邦訳書が出ている。カリフォルニア州サンフランシスコ在住で、歴史、芸術、政治、環境問題、フェミニズムなど幅広い分野で深い知識に支えられた鋭いエッセイを書くことで知られている。私も、2015年のケイクスのエッセイなぜ男は女に説明したがるのか? アメリカでも揶揄される「mansplaining」で、ソルニットについて触れたことがある。

そのソルニットの最新刊『Call Them by Their True Names: American Crises (and Essays)』は、2018年全米図書賞の候補になり、私も注目していた。

まず「True Name」を使ったタイトルが印象的だ。

ファンタジー小説の愛読者ならよく知っていることだが、欧米の魔法ファンタジー(妖精ものを含む)では「真の名前」は非常に重要な意味を持つ。「真の名前」は本人の真相を表すものなので、他人に知られるとパワーを明け渡すことになる。だから魔力を持つ者は真の名を命がけで隠す。

現在、アメリカや世界のほかの国々で起こっているのは、権力がある人びとが、「偽りの名前」を駆使して力のない人びとを弾圧し、腐敗をすすめていることだ。彼らから力を奪い、わたしたちがパワーを持つためには、現在起こっていることを誤魔化さず、見過ごさず、深く掘り下げることで、ものごとの「真の名」を見つけることから始めなければならない。そして、見つけたら、その真の名を堂々と使うことにも慣れなければならないのだ。

レベッカ・ソルニットの新刊のテーマは、まさにそれなのだ。

幸運なことに、私はその新刊を翻訳させていただくことになった。その邦訳書が、『それを、真(まこと)の名で呼ぶならばーー危機の時代と言葉の力』(岩波書店)として2020年1月28日に刊行される。

私は、2016年の大統領選挙を長期にわたって現場で取材し、その様子をニューズウィーク日本語版の連載や『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などで報告してきたのだが、切迫感が伝わらないもどかしさを感じていた。しかし、ソルニットの翻訳を進めていくうちに、「私が伝えたかったのはまさにこれだ」と何度も、何度も頷いた。そして、ソルニットの説得力に脱帽した。現在のアメリカで私が感じていることを、これほど明瞭かつ明快に代弁してくれたエッセイはほかにない。

たとえば「ミソジニーの標石(Milestones in Misogyny) 」というエッセイで、ソルニットは、「女は自分のジェンダーへの忠誠心がないことで嫌われる。だが、面白いことに、女は自分のジェンダーへ忠誠心を抱いても嫌われるのだ。女は主要な女性候補を支持すると、生殖器で投票していると責められる。だが、アメリカの歴史を通じて、たいていの男性が男性候補を支持しているのに、ペニスで投票していると責められたことはない。」と書いているが、これは、選挙中に(生殖器の名前抜きで)私がよく夫や娘にぼやいていたことだった。

私がさらに強い共感を覚えたエッセイが、「無邪気な冷笑家たち(Naïve Cynicism )」というものだ(日本にはすでにソルニットのファンがいるが、もっと多くの人に知ってもらうために、岩波書店の編集担当者と出版社、オリジナルのアメリカの出版社のご厚意で期間限定で無料公開していただくことができた)。

このエッセイの中の次の部分に共感を覚え、励まされる人は数多くいるはずだ。

冷笑は、何よりもまず自分をアピールするスタイルの一種だ。冷笑家は、自分が愚かではないことと、騙されにくいことを、何よりも誇りにしている。しかしながら、わたしが遭遇する冷笑家たちは、愚かで、騙されやすいことが多い。世を儚んだ経験そのものを誇る姿勢には、たいていあまりにも無邪気で、実質より形式、分析より態度が優位にあることが表われている。

無邪気な冷笑家は、可能性を撃ち落とす。それぞれのシチュエーションでの複雑な全体像を探る可能性を含めて。彼らは自分よりも冷笑的ではない者に狙いをつける。そうすれば、冷笑が防御姿勢になり、異論を避ける手段になるからだ。

無邪気な冷笑家は、世界よりも冷笑そのものを愛している。世界を守る代わりに、自分を守っているのだ。わたしは、世界をもっと愛している人びとに興味がある。そして、その日ごとに話題ごとに異なる、そうした人たちの語りに興味がある。なぜなら、わたしたちがすることは、わたしたちができると信じることから始まるからだ。それは、複雑さに関心を寄せ、可能性に対して開かれていることから始まるのだ。

私が日常的に感じていることをすばらしい文章で代弁してくれたのはもちろん嬉しいが、ソルニットの素晴らしさは、私たちが知らなかった歴史の数々を教えてくれ、これまで何の関係もなかったかのような歴史上の点を繋げてくれることだ。カリフォルニアがいかにしてアメリカの領土になったのかを語る「国の土台に流された血(Blood on the Foundation) 」というエッセイを読むと、選択的に移民を廃除することに積極的なトランプ政権と、彼の移民政策を支持するアメリカ人の傲慢さをさらに強く感じるようになる。

彼女は、ことに大統領選挙が行われた2016年からアメリカ合衆国で起こっている異常な政治的なシフトについても多く語っている。現在トランプ大統領の弾劾審査が進んでいるが、これは、まさに「真の名」をあばく作業なのだと痛感する。

ソルニットは、私より政治的には左寄りの立場だと思う。政策面ではきっと同意できないところもあるだろう。だが、極端なイデオロギーの背後にある怠惰さを指摘し、長期的な視点での社会運動の重要さを何度も語る彼女のエッセイを読んで、これまでと考え方が変わったところもある。わたしたちの間に違いはあっていいし、完璧である必要はない。それを認めあい、あきらめずに語り合い、活動することが必要なのだ。

ものごとに真の名をつけるために必要な知識と思考力も、あきらめずに、つけていこうと励ましてくれるエッセイ集である。

私が翻訳したという繋がりだけでなく、本当に素晴らしい本なので、英語でも日本語でも良いから読んでいただきたい。