月面着陸を既に達成したバズ・オルドリンが考える人類の使命とは?『Mission to Mars』

著者:Buzz Aldrin, Leonard David

ハードカバー: 272ページ

出版社: National Geographic

ISBN-10: 1426210175

発売日: 2013/5/7

適正年齢:PG12(中学生以上)

難易度:中級程度(難しい単語があっても、文法は高校英語をマスターしたレベルで読める)

ジャンル:ノンフィクション/科学読み物

キーワード:宇宙物理/航空工学/サイエンス/火星/隕石/宇宙飛行

 

バズ・オルドリンは、アポロ11号でニール・アームストロング船長とともに人類で初めて月面に着陸した人物である。

多くのアポロ宇宙飛行士が人類が月に戻ることの重要性を語るいっぽうで、バズ・オルドリン氏だけは「月面着陸はすでにやってしまったことで、もうやる意味がない"Been there, done that"」と言う。では、何をするべきなのか?

彼が過去何十年も語り続けているのが、火星へのミッションである。

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アポロ計画の史上最大のマーケティングと広報キャンペーン『Marketing the Moon』

著者:David Meerman Scott & Richard Jurek

ハードカバー: 144ページ

出版社: The MIT Press(マサチューセッツ工科大学出版)

ISBN-10: 0262026961

発売日: 2014/2/14

適正年齢:G(特に年齢制限はない)

難易度:上級レベル(専門用語があるのでやや難しく感じるが、レトロな写真や資料が多いので、それだけでも楽しめる)

ジャンル:ノンフィクション/歴史書(宇宙計画)/ビジネス書(マーケティングとPR)

キーワード:アポロ計画、宇宙計画、マーケティング、PR(広報)、アポロコレクション

 

人類を初めて月に送った「アポロ計画」についてはこれまでにも多くの本が出版されているし、唯一着陸に失敗した「アポロ13号」についての映画も有名である。

だが、この背後には、一般の人々が知らない重要な歴史がある。

その詳細を初めてまとめたものが、本書『The Marketing the Moon』である。

アポロ計画を成功させるためには長期にわたる莫大な資金投入が必要であり、アメリカ合衆国政府は、それを正当化するために国民の全面的な支持を得なければならなかった。月にゆくための技術開発もさることながら、まず「アポロ計画を国民に売る」ことに成功しなければならなかったのだ。こうして始まったのが史上最大規模のマーケティングとPRのキャンペーンだったのである。

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「がん」との闘いの歴史がこの1冊で分かる、『The Emperor of All Maladies』

著者:Sidhartha Mukherjee

ペーパーバック: 608ページ

出版社: Scribner

ISBN-10: 1439170916

オリジナル発売日:2010年11月

難易度:中級レベル(高校英語をマスターしたレベル)

適正年齢:PG15(高校生以上)

ジャンル:ノンフィクション

キーワード:医療(がん)、歴史

賞:ピューリッツアー賞、全米批評家協会賞(National Book Critics Circle Awards)最終候補など多数

 



日本でも「がん」について書かれた書物は沢山あるが、アメリカの医学専門書を翻訳した経験がある私からみると、あまりにも偏った情報、情報不足が目立つ。

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不死細胞HeLaとして生き続ける謎の女性ヘンリエッタ The Immortal Life of Henrietta Lacks

Rebecca Skloot

ハードカバー: 384 ページ

出版社: Crown

ISBN-10: 1400052173

ISBN-13: 978-1400052172

発売日:2010年2月2日

ノンフィクション/科学、医療ルポ/歴史/伝記

本棚発掘シリーズ

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シドリー・リンガーが19世紀にカエルの心臓の培養に成功して以来、ニワトリやマウスなどさまざまな動物の細胞培養が行われてきたが、ヒト由来の細胞に限っては長期的に培養し続けることが不可能だった。

1951年に世界で初めてヒト由来の細胞の培養に成功したのが、ジョンズホプキンス病院のGeorge Gey(ジョージ・ゲイ)である。Henrietta Lacks(ヘンリエッタ・ラックス)という黒人女性が子宮頸癌で亡くなる前に患部から取り出された細胞は、これまでの細胞のように死ぬことはなく、旺盛に分裂を続けていったのである。

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記憶について、わかっていること、わかっていないこと。Pieces of Light

Charles Fernyhough
ハードカバー: 320ページ
出版社: Harper (2013/3/19)
ISBN-10: 0062237896
ISBN-13: 978-0062237897
発売日: 2013/3/19(米国)
ノンフィクション/エッセイ/脳科学、心理学/記憶

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とある味や音楽が鮮明な記憶を呼び起こすことがある。
というと、必ずと言ってよいほど人はマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」の紅茶に浸したマドレーヌのエピソードを口にする。

本書『Pieces of Light』でもプルーストのマドレーヌが出て来る。
プルーストの語り手のように、五感への刺激はフラッシュバルブ記憶(「写真のフラッシュをたいたときのように」鮮明な記憶)を喚起することが多い。
これは、同時多発テロ事件などのように重大な事件や、結婚式のように個人的に重要な出来事でよく起こる記憶である。
強い感情を伴う鮮明な記憶について、私たちは「これほど強い感情を呼び起こすのだから、本当にあったことに違いない」と思う。
だが、記憶とはそんなに信用できるものではないのである。

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精神的な疾患がなくても起こる「幻覚」の数々 Hallucinations

Oliver Sacks
ハードカバー: 352ページ
出版社: Knopf
ISBN-10: 0307957241
ISBN-13: 978-0307957245
発売日: 2012/11/6
ノンフィクション/精神心理学/行動科学

2012年「これを読まずして年は越せないで賞」ノンフィクション部門候補作

最近ではあまりなくなったが、私は何度も「幻覚」を体験している。
だが、このために病院に行ったことはない。
幻覚が現れるのは特定の時だけであり、日常生活を脅かすことはなかったから治療の必要性を感じなかった。もうひとつの重要な理由は、本書でサックス(Sacks)博士が紹介している実験のように、他に何の症状もないというのに、幻覚(特に幻聴を伴う場合)があるだけで「統合失調症(日本では2002年まで「精神分裂病」と呼ばれていた)」と診断を下す精神科医が多いからである。たまに現れる「幻覚」よりも、誤診のほうが日常生活を脅かすことは間違いない。

サックス博士は、本書「Hallucinations」で、精神科での治療を要しない人が体験する「幻覚」のバラエティとその原因を、事例を挙げてつぶさに説明している。

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男女の脳の差が男女差を作るの? The Male BrainとThe Female Brain

Louann Brizendine

脳科学/神経精神科/ノンフィクション

 

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男女がなぜ理解し合えないのか?どうしてカップルはいがみ合うのだろうか?

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スピリチュアリティは健康をもたらすか

最近、医学書院看護出版部部長の林田さんから「スピリチュアリティは健康をもたらすか」という翻訳書をいただきました。

以前から私は統合医療(アロマセラピー、薬草、瞑想といった代替補完医療のなかでとくに通常医学に組み込むことができる療法のこと)に興味を抱いており、20年来の知人である林田さんにお願いして米国のがん治療の場での統合医療への取り組みのルポや学術論文の翻訳を「看護学雑誌」でご紹介させていただいたこともあります。また、終末期の臨床指
針について書かれた重要な本「エンド・オブ・ライフ・ケア」では、補助療法やスピリチュアルケア(本書では魂のケア)について解説する「終末期の全人的ケ
ア」の部分を翻訳させていただきました。

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ボストンのダナ・ファーバーがん研究所やニューヨークのスローン・ケッタリング病院といったがんの治療にかけては世界でも最先端の病院は、統合医療を積極的に研究しています。それは日本の方には意外かもしれません。でも米国ですから、科学的根拠を重視します。その科学的根拠を説明するのに使われるのが精神神経免疫学です(それだけでは説明できない統合医療の分野もありますが)。

「スピリチュアリティは健康をもたらすか」は、副題のとおり「科学的研究にもとづく医療と宗教の関係」を解説した本です。テレビでよく耳にする話題に「宗教心がある人のほうが健康で長生きする」というものがありますが、それは上記の精神神経免疫学を根拠にしたものです。簡単に説明すると、心理的因子>視床下部>下垂体>副腎皮質系、自律神経系、代謝系、心血管系、免疫系を介して身体の健康に影響を与えるというものです。
問題なのは、「スピリチュアル」の定義は何か、ということです。宗教に関連したものに限るのかどうかは、学問として研究する場合と臨床の場では異なります。学問では厳密に設定するべきですが、個々の患者をケアする臨床の場では幅広い設定にしておくべきだということは、本書でも語られています。

この本の優れたところは、たとえばキリスト教といったひとつの宗教の立場からプロパガンダをしているのではないということです。ここでの「宗教」はキリスト教であり、ユダヤ教であり、ヒンズー教でもあるのです。次は客観的かつ科学的な立場からスピリチュアリティと健康の関連性を語っていることです。最後に、医療従事者が臨床の場で患者に何を援助するべきで、「何をするべきではないのか」まで言及しているところです。

単一民族社会に近かった日本も、移民や在日外国人が増え、異なる宗教を信じる患者をケアする機会も増えて来た筈です。そのときにプロとしてどう対処するかを考えるためにも、こういった本を読んでおくことは必要だと思います。また、医療従事者ではない人にも、自分のスピリチュアリティについて考えるきっかけになるかもしれません。

ひとつだけ私が受け入れがたく感じたのは、「宗教的信念によって行動は変わるのか」という部分です。私自身の経験では「宗教心があつい」と公言する人より私のほうが倫理的だと思うことがよくあります。宗教的立場を明らかにする必要がある米国に住んでいる私は、自分の宗教的立場を「スピリチュアルであるが、組織化された宗教には断固として属さない主義」と公言しています。わが家で一致している考え方は、神に善悪を訊ねるのではなく、自分自身に善悪を問うというものです。なぜなら他人(神や教会)の審判を恐れて自分の行動を決めたくはないから。また、個人にその判定能力はある筈だし、最終的に自分の魂の責任を取るのは自分だから。ただし、宗教心そのものを否定しているわけではありません。友人にはプロテスタントの教会の牧師やカトリック、ユダヤ教の熱心な信者もいます。そういう関係が保てるのも、互いのスピリチュアリティへの尊敬だと思うのです。

誰でも病気になったり、トラブルに巻き込まれると祈ります。追いつめられてからではなく、余裕を持って自分のスピリチュアリティについて考えてみるのは決して悪いことではないと思います。

●上記でご紹介した「エンド・オブ・ライフ・ケア」

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アメリカ合衆国精神医療の光と陰を振り返るビジュアルな詩ーAsylum

216ページ
The MIT Press
9月30日発売
写真集/歴史/医療

Asylum: Inside the Closed World of State Mental Hospitals

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普通の人には精神病院を訪れる機会はないし、”Girl, Interrupted”や “A Beautiful Mind”などの映画や本の精神病院には、人権を無視して抑圧するような恐ろしいイメージしかない。
けれども、アメリカ合衆国の州立精神病院がアメリカ国民の人間性を象徴する誇りであったときがある。精神障害者が人間らしく生きることを許される場としての精神病院の青写真を描き、それを国民の義務として次々と実現していった時期があったのだ。この歴史は、これまで私が抱いていた精神病院の常識を覆すものであった。

 



19世紀後半にその青写真を描いたのがThomas Story Kirkbridgeという人物だった。彼のアイディアに沿って作られたのは施設そのものがひとつの社会として機能する巨大な精神病院(State Mental Hospital)であり、それらはThe Kirkbridgesと呼ばれた。

その中でも1876年にオープンしたニュージャージーの州立精神病院は米国で最大の規模の建築物であり、面積は674000平方フィート(約6万2千平方メートル)、敷地はなんと743エーカー(約90万坪)であった。(下は閉鎖したマサチューセッツ州ダンバーズの病院。コンドミニアムとしてよみがえることになっている)

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国民のプライドを反映した建築物は、病院というよりも巨大なリゾートのような雰囲気だった。手入れの行き届いた広大な庭で患者は散歩を楽しめ、演劇や音楽を披露できる劇場もあった。患者たちの労働により病院はほぼ自給自足でき、何よりも、外の世界では安心して生きられない精神障害者がここでは社会の一員として安心して生きることができたのだ。

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もちろん精神障害者を集める施設だから美しいことばかりではない。巨大化や不況などで運営が困難になり、医療従事者による患者の虐待や放任が起こったのも事実である。また時代の移り変わりも影響を与えた。「患者の人権擁護」により労働を禁じられた患者たちは1日中テレビの前ですごすようになり、社会の一員として勤労する喜びまでも否定された。新薬の開発と医療制度の改革(改悪)により長期入院はなくなり、患者は投薬で退院を強要された。State Mental Hospitalはこうして次々と閉鎖されていったが、特別な目的で作られた巨大な建築物の再利用は難しく、多くは廃墟と化し、ある施設は刑務所になった。そして、十分な社会復帰の援助を得られなかった患者たちが、今度は犯罪者として同じ建物に戻って来たのである。

建築家で写真家のChristopher Payneは、全米にちらばるこれらの忘れ去られたState Mental Hospitalを訪問し、6年にわたって写真を撮影した。その威圧感といい、その背景にある複雑な歴史といい、まるで城の廃墟のようである。Day Roomや劇場を見ると、誇りを持って建てられた建築物であったことが想像できる。

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Payneの写真はいずれも非常に静かである。だがその静けさは、鳥肌が立つほど衝撃的だ。ひとつの写真にこめられた、人々の理想、プライド、喜び、悲しみ、絶望が一度にどっと押し寄せる。(左の写真は、この施設をついに出ることがなかった患者の残したスーツケース)この感情を的確に表現する言葉を私は考えつかない。それを写真で伝えられるPayneはビジュアルの詩人だ。

State Mental Hospitalで25年間働いた経験から「Awakening」 という国際的なヒット作を書いたOliver Sacksが真摯で感動的なエッセイを寄稿しているのも素晴らしい。

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尚、この作品のプロデューサーであり、編集、デザインいっさいを取り仕切ったのはわが家の隣人Scott-Martin Kosofskyである(それを知ったいきさつは以前に書いた)。彼はユダヤ教の学者・文筆家なのだが、こういう心動かされる企画があると手を出さずにはいられない。また、そういう話をさせると時間がいくらあっても足りない。一昨日Asylumをわが家まで届けに来てくれた彼にエッセイを寄稿したOliver Sacksのファンだという話をしたら、彼がどんないきさつでエッセイを引き受けてくれたかという内輪話からSacksがいかに素敵な人物かという話題でまた長話になってしまった。

興味深いScottの話の中でも次の言葉が見事にこの写真集を表現していたので付け加えておきたい。
「ブリリアントでなければ本を出版する意味はない」

重症の強迫性障害から奇跡的な回復を果たした少年と母の実話ーSaving Sammy

著者:Beth Alison Maloney
272 ページ
Crown (Random Houseの部門)
2009年 9月22日発売予定
ISBN-10: 0307461831
ISBN-13: 978-0307461834

ノンフィクション/闘病記/精神性疾患/強迫性障害/トゥーレット/小児自己免疫性溶連菌関連性精神神経障害(PANDAS)

著者のBeth Maloneyはハリウッドの映画界で活躍する弁護士だったが、離婚後3人の息子と東海岸のメイン州に引っ越す。離婚の辛さから回復し、虐待あるいは放任された未成年者のguardian ad litem(訴訟後見人)の仕事に情熱を抱くBethはようやく念願の自宅を購入した。だが、ビーチ沿いの借家から持ち家に引っ越したときから、健康で優等生だった12歳の真ん中の息子Sammyが突然奇妙な行動を取るようになる。

自分の部屋で眠らずに居間のカウチで眠り、正面玄関を使わずに裏口から入るSammyのことを母のBethは最初のうち「ビーチ沿いの貸家を恋しがっているのだろう」ととらえていたが、異常な儀式的行動が悪化し、生活に支障をきたすようになったために心理療法士に連れてゆく。だがカウンセリングの効果はなく、Sammyは危機的なブレイクダウンを起こす。息子の病気が心理的なストレスではないと直感したBethは小児科の主治医に診察を求めるが、電話で間接的に説明を聞いた主治医は診察を拒否して「crisis unit」に行くことを執拗にすすめる。だが、虐待された子供の訴訟後見人をしているBethは「crisis unit」がどの機関からも見捨てられた問題児たちが最終的に送られる悲惨な場所だと知っていたので、その医師を見限る。心理療法士も「OCD(強迫性障害)だと精神科医に伝えなさい」と紹介しただけで、その精神科医も「私は診断は下すが治療はしない」と答えるだけだった。

だがBethはそこでくじけずに一緒に治療法を考えてくれる主治医を見つける。しかし、それはBethとSammy、そしてSammyの兄弟たちの長期にわたる闘病のほんのスタート地点でしかなかった。
通常のOCDの治療を受けたSammyの症状はいっこうに改善せず、かえって悪化してゆき、OCDだけではなくトゥーレット症候群の症状までが加わるようになった。見えない壁を乗り越えたり、ぴょんぴょん飛んだりする儀式のために家から車までの移動に数時間かかる。夜寝ずに奇妙な音をたて続ける。シャワーも浴びずに服も着替えない。それでも学校に通いたいSammyのために中学校は特別な配慮をしてくれたが、周囲を怯えさせるようなパニックを起こして通学が不可能になり、Sammyは家から出ない生活を送るようになる。

シングルマザーとして3人の子供の世話と弁護士としてのプロの仕事を両立してきたBethだが、Sammyの世話のために他の息子たちの世話も十分できず、プロとしての仕事も十分できなくなる。

絶望しかけていたBethに希望を与えたのは母の同僚Bobbiからのひとことだった。Bobbiの息子も同じような症状で苦しんでいたのだが、その原因がStrep (streptococcal infection: 溶連菌感染)であり、それを治療したら治癒したというのだ。
これまで Sammyには溶連菌感染の病歴がないことを知っているBethは最初その可能性を否定するが、Bobbiに説得されて小児科医で血液検査をしてもらったところ、症状がないにもかかわらずSammyは溶連菌に感染していのだった。

Bethはインターネットを調べて「 PANDAS :連鎖球菌性小児自己免疫神経精神障害」のことを知る。幸いSammyの新しい主治医はBethの調査結果を受け入れてペニシリンで治療を開始しいったん症状はめざましく改善するが、ふたたび悪夢は舞い戻って来た。
それでもBethはめげず、ついにNicolaides医師と運命の出会いを遂げる。

このノンフィクションは、絶望的な重症例のOCDとみなされていた息子に適した治療法があることを信じて医療機関や制度と戦い続け、ついにその方法を手に入れた母親の壮絶な戦闘記である。
Bethと出会った医師や教師たちはたぶん怯えを感じただろうし、中には「困った母親だ」と苦情も言う者もいるだろう(私も医療機関につとめていたのでそれはよく想像できる)。だが、ライオンのように戦った母親がいたからこそ、Sammyは奇跡の回復を果たしたのである。

OCDと診断され、通常の治療法の効果がない患者の中に、もしかするとSammyのような子がいるかもしれない。Saving Sammyは、そんな患者と家族だけではなく、すべての疾病に関するアドボカシーのあり方を考えさせられるものであり、医療従事者にとっても非常に参考になる体験談である。

●この本の優れた点

私がまず惹かれたのはテーマの新しさと重要性です。
これまで多くのOCD関係の本を読んできましたが、「 PANDAS :連鎖球菌性小児自己免疫神経精神障害」というのは私にとってまったく耳新しい疾患名でした。

「PANDAS:Pediatric Autoimmune Neuropsychiatric Disorders Associated with Streptococcal Infections 連鎖球菌性小児自己免疫神経精神障害」という耳慣れない疾病は、National Institute of Mental Health(米国立精神衛生研究所)のSwedoらが2006年に研究発表した概念です。

日本語の説明はこのサイトで読めますが、以下に一部を引用します。

連鎖球菌の内の咽喉菌に対する抗体が、間違って脳の酵素を攻撃して、神経細胞間の連絡を妨害し、子供に強迫行為とチック(PANDAS:連鎖球菌性小児自己免疫神経精神障害)の症状を引き起こしているのが分かった。

日本語でGoogleしてみたところ、「小児自己免疫性溶連菌関連性精神神経障害」と「PANDAS」ではたったの38件しかありません。「強迫性障害」を加えると23件に減ってしまいます。そのうち医療電子教科書My Medはこのように説明していますが、これも上記の米国立精神衛生研究所の提唱をもとにしています。

近年のトピックは,溶連菌感染後のリウマチ熱・小舞踏病(シデナム舞踏病)罹患時に強迫行為や,注意欠陥多動と同じように運動チック,音声チックがみられ ることから,感染後の免疫誘発性チック,TSが研究されていることである。Swedoらは,連鎖球菌感染と関連した小児自己免疫神経精神疾患という概念を 提唱した(pediatric autoimmune neuropsychiatric disorder associated with streptococcal infection,以下PANDAS)。OCD,TS,チックの4~13歳の子ども144名を8年追跡した結果,発症3ヶ月位以内の溶連菌感染が有意に 多く,一年以内の多発性溶連菌感染もコントロール集団に比べ,オッズ比で,13.6倍になったという報告もある。1) Kirvanらは14歳のSC女子で作られた抗体が,リソガングリオシド,Nアセチルグルコサミンを含む神経リガンドと結合するのを認めたと報告してい る。更にこれらの抗体は神経の細胞表面と細胞内シグナルのトリガーとなるカルシウム/カルモジュリン依存性蛋白キナーゼ II に結合しているとしている。しかもこの反応は,PANDASの患者で,反復しているとしている。TSの患者で他に候補となる機構には,α-,γ-エノラー ゼ,アルドラーゼC,ピルビン酸キナーゼM1がある。1)

Sammyが回復してから5年経っているということですが、いまだにこの疾患名は新しいもののようで、したがってたぶん医療機関での治療法も広くゆきわたっていないでしょう。米国の医師の間でも否定するものが多いということです。実際にBethの記述ではSammyが回復した今でもこの診断名と治療法を拒否する医師がいるようです。

「根拠がない」と言い張る医師の気持ちもわからないではありませんが、著者のMaloneyが文中で繰り返すように、現在常識としてとらえられているピロリ菌(Helicobacter pylori)と胃潰瘍の関係も、過去には「抗生物質で胃潰瘍を治療するなんてばからしい」と否定されてきました。
著者はすべてのOCDやトゥーレットが溶血連鎖球菌の感染と関連あるとは主張していません。みんながみんな抗生物質を求めて医療機関に押し寄せても困るでしょう。でも、わが子のためにいろいろなことを調べ、知識を蓄えたうえで医師に質問するのは決して悪いことではありません。親がわが子のアドボケイトにならずして、誰がなってくれるのでしょう?

通常のOCDで回復せずに悩んでいるケースの中にいくつかでもSammyと同じような子がいて、その子が救われればこんなに良いことはないのではないか、そう強く感じた本でした。

米国のトークショーBonnie Hunt Showに出演した著者のBeth MaloneyとSammy(最初にコマーシャルがありますのでご了承ください)

http://wbads.vo.llnwd.net/o25/u/telepixtv/bonnie/us/video/player/embed.swf

●読みやすさ(Reading Level for non-native speakers of English)  ★★★☆☆
文章は簡潔で読みやすい部類です。ただし、医学や薬などの固有名詞、アメリカのシステムにわかりにくさを感じる可能性があります。

●その他のOCD関係の本

私が邦訳したOCDに関する本 – The Imp of the Mind

今年発売されたLife in Rewind

*日本での出版にご興味がある出版関係の方は、お気軽にご連絡ください。