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SNSの情報スピードに疲れた現代人に「語り」の魔力を思い出させてくれるマジカルな小説 Once Upon A River

作者:Diane Setterfield
ハードカバー: 432ページ
出版社: Doubleday
ISBN-10: 0857525654
ISBN-13: 978-0857525659
発売日: 2019/1/17
適正年齢:PG15
難易度:上級
ジャンル:文芸小説(マジカルリアリズム)
テーマ/キーワード:テームズ川、宿屋、語り、ゴシックミステリ

小説にはいくつものタイプがある。
読み始めたら寝るまでに最後まで読まずにはいられないページターナーのスリラー、胸が痛くなるけれど最後にハッピーになれるロマンス…..そのバラエティは食事と似たところがある。味よりも栄養を重視したものから、短期間に空腹を満たすためのファストフード。それぞれに存在意義がある。

Diane Setterfieldの小説はゆっくり時間をかけて味わうスローフードだ。
興味深い社会現象を解説するノンフィクションやスリリングな心理スリラー、感情的にのめり込めるページターナーもいいが、それらが続くと、ゆっくりしたペースで1行1行を味わえる小説を読みたくなる。そんなときにぴったりなのがSetterfieldが与えてくれる「物語」の世界だ。

Setterfieldのデビュー作である『The Thirteenth Tale』には『ジェイン・エア』を連想させるようなゴシック・ロマンス的な雰囲気があったが、最新作のUnce Upon A Riverには、さらに幻想的なマジカルリアリズムの感がある。

物語の舞台は約100年前の英国オックスフォードに近いテームズ川沿いの村にある酒場兼宿屋(inn)の『the Swan』だ。村人たちが「語り」を聴くために集まるこの宿屋に、ある夜、少女の人形を抱えたずぶ濡れの男が現れた。村で最も頼りにされている看護婦が大怪我をしていて気を失った男の治療をしているとき、皆が人形だと思っていた少女が実は人間だということがわかる。少女はすでに死んでいたのだが、なぜか後で息を吹き返す。

このときにthe Swanにいた村人たちは、自分たちが目撃した奇跡を「語り」として伝えていく。その語りが広まったとき、その少女が自分の孫ではないかと思う男、2年前に誘拐された娘だと信じる夫婦、何十年も前に死んだ妹だと信じる中年の女性が現れる。どこか浮世離れしている少女は、4歳ほどに見えるが何も語らず、誰にも似ているようでどこか異なる。少女を連れて現れた男は、テームズ川沿いの写真を取り続けてきた写真家で、川から少女を引き上げたが、それ以上のことは知らない……。

この小説は最初のうちオーディオブックで読み始めたのだが、文章がスピーディに流れて消えていくのがもったいなくて途中からハードカバーに切り替えた。この小説の登場人物たちのように、目撃したことを頭の中で反芻し、「いったいこれはどういうことなのだろう?」と首を傾げてみたかったからだ。

ソーシャルメディア時代の私たちは、150文字で理解できるような情報を求めすぎ、それ以上の文字を読む忍耐力がなくなっている。忙しくなる必要もないのに、自分を忙しくしているところがある。

そんなとき、The Swanの常連たちのように、宿屋に集まって、「Once upon a time…(むかしむかし、あるところに……)」という「語り」に耳を傾け、現実と伝説の世界の合間を漂ってみる。それは、とても贅沢な時間の使い方ではないか。

Inn(酒場兼宿屋)のイメージ写真(これは18世紀アメリカのもの:著者撮影)

『Once Upon A River』は、読んでいる間だけでもその贅沢さを味あわせてくれる貴重な小説だ。

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