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善でも悪でもなく、ただの「仕事人間」である殺人課刑事の哀愁が魅力のTana Frenchの名作シリーズ Dublin Murder Squad

作者:Tana French
適正年齢:R(表現としてはPG15+程度だが、大人向けの作品)
難易度:上級
ジャンル:犯罪小説/殺人ミステリ、心理スリラー
キーワード:アイルランド、ダブリン、殺人、殺人課、刑事

私は、文字を読み始めた5歳の頃から、嫌なことがあったり、忙しくなったりしたら本の世界に逃げるのが癖だ。特に20歳くらいからは、勉強や仕事で時間がなくなると、つい「ミステリ」をむさぼり食って(読んで)しまう。

最近もそのゾーンにはまってしまったのがTana Frenchの作品だ。

以前から好きな作家なのだが、ひょっとしたことからTana French熱が再発してDublin Murder Squad(ダブリン殺人課)のシリーズ6作をまた読み返してしまった。

Frenchの本を読むと、ダブリン警察の中でもMurder Squad(殺人課)の刑事はエリート中のエリートとみなされているようだ。ただの警察官よりも刑事のほうが上なのだが、その刑事の中でも、このsquadに抜擢されるのは他で実績を積んで引き抜いてもらった者だけ。だから、すごくプライドもあるし、ここで失敗して別の課に戻りたくはない。

Dublin Murder Squad6作の主役はそれぞれ異なる刑事だ。最初の2作では同じ女性刑事が主要人物になっているが、それ以降は別の刑事たちが主要人物になる。何人かはシリーズを通して主役になったり、背景に登場したりする。

これらのエリート刑事たちは、正義にかられたヒーローやヒロインではない。仕事のために家族や人間関係を犠牲にする、ただの徹底的な「仕事人間」だ。アイルランドは1996年まで離婚もできず、2018年までいかなる場合にも人工妊娠中絶が許されなかった国で、男尊女卑の古い慣習も残っている。殺人課はもともと男だけの世界だから、さらに女性蔑視がある。だからここに加わる女性刑事は男性より何十倍もタフでなければならない。

これらの刑事たちは、それぞれに過去の亡霊(自分の性格に傷を与えている体験)を持っている。その亡霊が出てきて、自分が関わっているケースを損なわせる。仕事のためにすべてを犠牲にしてきたのに、亡霊が自分の存在価値すら奪おうとするのだ。その心理的葛藤がリアルで面白い。

また、ハリネズミのように心に棘を持つ女性刑事たちがとてもいい。
男性が(勝手に)作り上げる「勇敢な」ヒロインとは異なり、攻撃の対象になる怖さをちゃんと自覚している。それでいて、同僚から嫌われる覚悟で反抗もする。

ひとりの女性刑事は、新人として加わったときに同僚の男性刑事から尻を触られるセクハラを受ける。ジョークを言って笑い飛ばすかわりに、彼女は「触るな!」とその男性刑事の指を折る。それ以降、彼女は課の同僚全員から無視され、執拗な嫌がらせを受けるようになる。

よく、犠牲者に対して「抵抗すればレイプなんかされないはず」とか「セクハラを許すほうが悪い」などというふざけた意見を目にするが、Frenchの女性刑事が体験することは、普通の多くの女性が職場で体験してきたことだ。抵抗したらしたで制裁を受ける。それをしっかり書いているだけでなく、男の哀愁もリアルに描いているところが脱帽だ。

シリーズすべての殺人事件とそれに関わる刑事の人生が哀しいので、気分を明るくしたい人にはおすすめできない。でも、人間の心の闇を覗き込む覚悟があれば、絶対にすべての本が面白いことをお約束する。

BBCでTVシリーズが始まったようだが、自分の好きなキャラクターが映像化されるのは、頭の中のイメージが壊れるかもしれないので、ちょっと不安でもある。

(全部読んだ人がいたら、好きなキャラについてお喋りしましょう)

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