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辛い人生をひとつ生き通した気分になる2015年の大作 A Little Life

著者:Hanya Yanagihara
ハードカバー: 736ページ
出版社: Doubleday
ISBN-10: 0385539258
発売日: 2015/3/10
適正年齢:R(成人向け:性的コンテンツ、虐待、暴力、ドラッグ)
難易度:超上級(文章そのものは難しくないが、深い理解と忍耐を要する)
ジャンル:文芸小説/現代小説
キーワード:友情、愛情、同性愛、児童性的虐待、精神的トラウマ、成功、挫折、人間関係、人生の意味、ニューヨーク、ボストン
文学賞:ブッカー賞最終候補、全米図書賞最終候補(まだ発表されていない)

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A Little Lifeは、ふつうならムダな文章として切り捨てられてしまうような日常生活を700ページ以上かけてじっくりと描いている珍しいタイプの現代小説だ。繰り返しも多く、700ページがさらに長く感じる。しかし、そのせいで登場人物と共に人生を送っているような気分になる。そこが、この小説のポイントだ。

マサチューセッツ州の小さな大学で出会った4人の青年が卒業後ニューヨークに移る。ウエイターをしながら俳優を目指すWillem、絵描きの情熱と才能を持つJB、親の期待に応えるために有名な建築事務所に就職したMalcolmの3人が漠然とした夢を追うなかで、Judeだけは堅実に弁護士の資格を取り、司法長官の事務所で猛烈に働く。

16歳で大学に入学し、知性と美貌で会う人を魅了するJudeだが、彼自身は鏡に映る自分を「醜い身体障害者」としか見ることができない。過去に起こった何らかの事故でJudeが心身ともに大きなトラウマを抱えていることを友人たちは知っているが、それがどんな事故なのか、どんなトラウマなのか、Judeは語ろうとはしない。

最初のうちは、この4人の生活を追うのが楽しかった。若い彼らの生活には不安もあるが、可能性や希望に満ちている。Judeが抱えている問題は深刻だが、友人たちはそれを彼の個性の一部のように受け止めていて深刻さはまだない。薄給のJudeとWillemの貧乏なアパート暮らしも、ノスタルジックで微笑ましい。

しかし、彼らが30代になり仕事で成功を収めるにつれ、シンプルだった友情は変化していく。そして、Judeの心的トラウマも暗くなっていく。

この頃から、私はこの小説に対する評価で悩むようになった。

この小説の中心になっているJudeは、弁護士として法廷や会社で恐れられるほど成功してからも自分を受け入れられず、自傷行為を止めることができない。愛されたいのに、愛を信じることができず、救ってほしいのに、救いの手をはねのけるJudeに、同情心は覚えるもの、だんだん苛立ちを覚えてきた。

すべて読み終わったときには、ぐったりしてしまった。そのうえ、就寝前に読み終えたものだから、よく眠れずに寝不足になった。

読了時に感じたのが次のことだった。

1)736ページは長すぎる。なぜ編集者はカットしなかったのか?
2)ときおり過剰にセンチメンタルだ。
3)著者は女性なのに、なぜ男性の間の友情と愛情を描いたのか?
4)なぜJudeの人生をこのように描いたのか?

そこでネットで探したところ、Yanagiharaが確信犯だということがわかった。

1)については、著者は3分の1カットを要求する編集者と喧嘩をしてこの長さを保ったらしい。カットを要求した編集者もどこを切ればいいかわからなかったそうで、やはり詳細に意味がある作品といえるだろう。

2)については、YanagiharaはThe Guardianの取材に”I wanted everything turned up a little too high(すべての音量を少しばかり上げたかった)”と答えている。私が、Judeの自己否定だけでなく、彼を取り囲む人々の愛情や友情を過剰に感じたのは、「音量を上げた」結果だったのだ。

3)については、トークショーでの質問に「男性は社会的に感情表現を制限されている。その制限された中での表現に興味を抱いた」といった意味のことを答えている。

特に興味深いのが4)の部分だ。ガーディアン紙の取材にYanagiharaはこう答えた。

I am not that interested in abuse really. But what I am interested in as a writer is the long-term effect it has, particularly in men. I think women grow up almost prepared for it in a way. Boys still don’t and it happens to a great many of them. It takes away their sense of masculinity. And of course they are not equipped or encouraged to talk about it. It causes terrible psychic harm.
(私は特に虐待について興味があるわけではありません。作家として私が興味を抱いたのは、(性的)虐待が引き起こす長期的な影響です。特に男性で。女性の場合は、子どものころから虐待にあう心の準備をして育つようなところがあります。でも、少年の場合は心の準備をまったくしていない。なのに、非常に多くの少年が虐待にあうのです。(性的)虐待は、男性から男としての自信を奪い取ります。そのうえ、男性はそういったことを語るように育てられていないし、語るよう励まされもしません。それが深刻な心理的な損傷を引き起こすんです。

女性の場合は子どもの頃から性的虐待にあう心の準備をしているようなところがあるが、男性はそうではない、という部分に私は大きく頷いた。

多くの男性が、性暴力(特に児童性的虐待)について寛容な見解を持っているのは、自分が被害者になることを想定していないからかもしれない。そういった読者にとっては、Judeになりきってひとつの人生を生きてみるのは、重要な体験になるかもしれない。著者本人はそれを狙ってこの小説を書いたわけではないが。

A Little Lifeは、著者本人もあちこちで公言しているとおり、読むのが辛い作品だ。

Judeに感情移入しても、彼の身近な人物に感情移入しても、どっちにしても苦しみから逃れることはできない。けれども、人生をひとつ生き通した気分にさせてくれる小説はめったにないから貴重だ。

そういう意味で、今年出会った最も重要な小説のひとつである。

*表紙カバーの写真は、1987年にエイズで亡くなった写真家ピーター・ヒュージャーのもの。

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