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寄宿学校で育てられた子供たちの秘密 Never Let Me Go

Kazuo Ishiguro
2005年初版
文芸小説/(心理スリラー/SFといったジャンルとも重なる内容)

31歳のKathyは、Hailshamという寄宿学校で一緒に育ったRuthとTommyとの過去を回想する。

Hailshamは、英国によくある私立の寄宿学校のようである。この学校で最も重んじられているのは芸術的才能であり、時おり訪れるMadam と呼ばれる女性に自分の創作したものをギャラリー展示用として選んでもらうのが最も栄誉なこととみなされていた。その校風に馴染めず、怒りの発作を起こしては同級生たちに苛められるのがTommyだったが、彼にはKathyとそして教師のMiss Lucyという理解者がいた。しかし、Miss Lucyは生徒たちに謎の発言をした後学校を去る。

成長するに従い、Kathy、Ruth、Tommyの3人の友情と愛情は複雑なものになる。Tommyを馬鹿にしていたRuthは彼に恋をして積極的にアプローチし、KathyとTommyの間にあった愛情の芽は摘み取られる。

イシグロらしい、静かな語り口に秘められた数々のヒントから、現実のパラレルワールドともいえる1990年代の英国とHailshamの実体が、しだいに読者に明らかになる。
そのときの感覚を自分で味わっていただきたいので、ここではこれ以上のプロットは避けることにする。

●ここが魅力(ネタバレあり)

Kathyの最初の語りから、読者は彼女が「Donor(ドナー)」をリカバリーセンターで世話する「Carer(ケアする人)」という職を11年もしていることを知ります。ドナーとはどうやら臓器移植や骨髄移植のドナーのようですが、Carerは、医療の世界でCare Giver(介護者)と呼ばれる立場とは少々異なるようだと感じます。

彼女は、現在の生活ではなく、Hailshamという学校での暮らしを回想してゆきます。
Hailshamは、一見、英国の美しい田舎町によくある金持ちの子弟が送り込まれる寄宿学校のようです。子供たちはアートやスポーツを楽しみ、普通の生活をしています。けれども、読者はすぐにこの学校の奇妙なところに気付きます。彼らは、臓器移植のために人工的に作られた子供たちなのです。通常の子供たちのように18歳まで育てられますが、成人するとドナーになり、たいていの者は臓器提供を3回すると産まれてきた役割をcomplete(死去)します。Carerは学校を卒業してからDonorになるまでに就く仕事なのですが、人により異なる期限があるようです。

Hailshamの噂と真実が混じり合った世界で育ったKathyたちは、ある噂をよりどこりにしてきますが、最後のあたりで、噂に隠されていた真実を知ります。

Never Let Me Goは、SFや風刺小説の設定でありつつ、それらのカテゴリーに収まることを拒むユニークな作品です。人命を救うために作られたクローンには人間と同等の人権がないという不条理。そして、その「哀れな存在」に出来る限り良い人生を与えようとする”人道的な”人々と彼らの偽善。命の終焉を知った者にとっての人生には、愛情には何の意味があるのか…?この物語が読者に考えさせることは沢山あります。けれども、イシグロは、それらを声高に語ろうとはしません。
Never Let Me Goは、洗練された近代社会におけるヒューマニティの偽善やカフカ的な不条理の世界を鎮痛剤で鈍化させた疼痛のように奥底に潜ませた、beautiful でterribleなラブストーリーです。

題名になった「Never Let Me Go」は、Kathyが子供の頃に好きだった曲です。この曲を聞きながら枕を抱えて踊っているところをMadamに目撃されるのが、重要なシーンになっています。作中の歌手は架空の存在ですが、このNever Let Me Goという曲を聴いてみたいなあ、と思わせます。私が読みながら想像したのはこのNever Let Me Goですが、本に出てくる曲とは歌詞が違うからまったく別モノです。

●読みやすさ 中程度

カズオ・イシグロの小説の中では、日本の方にとって最も読みやすい小説のひとつです。Kathyの一人称の語りにはすんなり入り込むことができるでしょう。さほど長くないので、すぐに読み終えることができると思います。

●アダルト度

セックスの話はよく出てきますが、きわどい描写などはありません。淡々とした表現です。高校生以上が対象。

●映画化

米国では2010年9月に映画が公開され、英国では2011年1月公開予定です。

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