自費出版からニューヨークタイムズ紙ベストセラー作家へ-Still Alice

Lisa_genova_yukari_2 muse & marketplace特集第6回でご紹介するのは、今回講師(この会に参加する作家はすべてボランティア)として参加したLisa GenovaのStill Alice(以前にも書いたのですが、あらためて)です。

去年のmuseでパネリストとして参加した私の夫に、パネル終了後に話しかけてきたのがLisaでした。

そのときのことを思い出したのか、再会するなりLisaは「あなたのご主人はとても寛大な人」と褒め称えました。

当時自費出版の作家に過ぎなかったLisaの相談にのり、気前よくアドバイスを与え、その後彼の最新作World Wide Raveで彼女の成功談を載せたことを言っているのでしょう。

World Wide Raveにも載っているLisaのエピソードは作家志望者に希望を与えるものです。Lisa は大学で生体心理学(bio psychology)を学び、ハーバード大学で神経科学( neuroscience)の博士号を得ている科学者です。この早期発症型のアルツハイマー病を扱った小説Still Aliceを書き終えた後、すぐに出版できるレベルまで完成させていたにもかかわらず文芸エージェントの誰ひとりとして興味を示しませんでした。

拒絶にそのまま屈しないのがLisaのすごいところです。彼女はアルツハイマーのサポート協会 Alzheimer’s Associationにコンタクトを取り、原稿を送りました。この協会のお墨付きを受けたLisaは、1冊の売り上げにつき1ドルを協会に寄付するという約束を交わしてオンデマンド出版のiUniverseから自費出版し、Amazon.comほかオンラインで販売を始めました。同時に協会のためにブログも書き、ウェブサイトも作って読者への直接マーケティングを行った結果、Still Aliceはアルツハイマー患者の家族の間で大人気になり、自費出版でありながらボストン・グローブ紙やテレビ・ラジオ番組で取り上げられるようになりました。

それだけ人気が出たところでようやく文芸エージェントがコンタクトを取ってきたのが去年の夏ごろのことです。大手のSimon & Schuster社がオークションで50万ドル以上で落札し、今年の1月に発売されてすぐにニューヨークタイムズ紙ベストセラーリストの5位に躍り出ました。その後も継続的にトップセラーの地位を保ち、Amazon.comの読者評価平均もほとんど星5つという優れたものです。(日本では講談社から出版される予定です)

(あらすじ)
ハーバード大学の心理学教授Alice Howlandは、職場では同僚や学生から尊敬され、私生活でも愛する家族に恵まれていた。だが50歳の誕生日を目前にして、これまで経験したことのなかった物忘れが増え、ジョギングの途中で帰り道がわからなくなる。病院で、予期しなかった「早期発症型家族性アルツハイマー病」の診断を受けたAliceは、自殺という選択肢を考慮しつつもなるべく長い間「自分らしさ」を保とうと努力する。

子供たちは、最初はショックを受けたもののどんなに変化しても母親であるAliceをそのまま受けいれようとする。しかし、妻の鋭利さに長年無意識のうちに頼ってきた夫のJohnはそれができない。彼は自分のやり方で対処しようとするが、それは必ずしもAliceの求めることではない。予想できないようなプロットの驚きはないが、それは現実に即しているからである。現実をそのまま突きつけられる本だからこそ読む価値があある作品だ。

読む前には、アルツハイマー病がテーマだということでJohn Bayleyの「Elegy for Iris」を想像していた。Bayleyの本は、愛する者が変貌してゆくことに対する、哀しみ、怒り、フラストレーション、そして自己憐憫といった生々しい伴侶の感情に付き合うので、そういった意味での感情的なエネルギーが必要だった。だが、読み始めてすぐ気づいたのは、「Still Alice」が「Elegy for Iris」とは異なる本だということだ。

まず、秀でた知性をもち尊敬される地位にある女性が、「自分らしさ」の中心だった優れた知能を失ってゆく悲劇という点ではAliceとIrisはよく似ている。しかし、「Elegy for Iris」が伴侶のJohnの視点のみだということに対し、「Still Alice」は患者であるAliceの視点から書かれている。ある意味ではStill Aliceのほうが、ずっと身につまされる。

●ここが魅力!

この小説の優れた点は、主人公のAliceに容易に感情移入できるところです。

自分を失う恐れ、意志を無視されることへの怒り、「家族の重荷になってまで生きていたくはない」という自殺願望、「愛とは頭脳(マインド)に存在するのか、それともハートなのか」という自問などは、まるで自分のことのようにずしりと重く胸に響きます。

アルツハイマー病の患者に直接関わったことがない読者でも、「私ならどうするだろう?」と自らに問いかけずにはいられないでしょう。そして次には、自らの家族を思い浮かべ「彼らは私をどんなふうに扱うのだろう?」と不安に襲われるでしょう。それは、決して居心地のよいものではありません。

けれども、アルツハイマーにかかった者やその家族には、「考えない」という選択肢はないのです。

これから老いてゆく夫婦にとっては、取り上げにくい問題を語り合うきっかけになるかもしれません。

●読みやすさ ★★★☆☆

すんなりと入り込むことができる文体です。

ただし、医療に関する知識があまりない方には、専門用語や病気の説明の部分が難しく思えるかもしれません。でも、それは日本語でも同様ですし、そこでめげずに知識を得る絶好の機会だと思って単語を調べていただければよいかと思います。

●アダルト度 ★★☆☆☆

子供が読んで困るところはありませんが、このテーマを理解できる年齢に達している必要はあるでしょう。小学校高学年から読めると思います。

2 Comments

  1. 何年も前の記事へのコメントで申し訳ありません。映画を去年観ました。「泥沼にはまりこんでボロボロになっていく家族を描く痛切な映画」と勝手に予想していたので、(アリスの病状が進行していく様子を見るのはもちろん辛かったのですが)観た後の正直な感想は「みんなけっこう冷静で理解のある家族で、思ったよりあっさりした映画だったなぁ」というものでした。それで、すぐに原作を読みたいとは思わないまま来ていたのですが、先日図書館でふと目に入ったので借りてきて読みました。映画でははっきりわからなかったアリスの内なる声が響き渡って、心を揺さぶられました。家族(特に夫)の葛藤も原作の方がストレートに伝えているように思いました。読み終えたばかりで、「私ならどうするだろうか」と自問することさえまだ怖いような気持ちでいます。

    この本とは直接関係ありませんが、昨日たまたま『徘徊 ママリン87歳の夏』というドキュメンタリー映画の予告編を見ました。「認知症が怖くなくなります」とか「想定外の大爆笑映画」という謳い文句は極端かと思いますが、興味を持ちました。

  2. Sparkyさん、

    じつをいうと、私は映画のほうは観ていないんです。
    本が衝撃的でしたから。
    あれにはすごく考えさせられました。自分なら、どうするだろう?と。

    とくに夫も私も家族に認知症がありましたから、現実問題なんですよね。
    ドキュメンタリーを観る気がないのは、病院や家庭ですでに現実を知っているからです。

    自分ならどうするのか?という問いへの答え、出ないですよね。

    渡辺

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