書物と言葉の大切さが失われつつある現代を風刺したディストピア問題作『Word Exchange』

著者:Alena Graedon

ハードカバー: 384ページ

出版社: Doubleday

ISBN-10: 0385537654

発売日: 2014/4/8

適正年齢:PG12(中学生以上)

難易度:語彙のみだと超上級レベルだが、文章はネイティブの普通レベル

ジャンル:スペキュラティブ・フィクション/現代小説/風刺小説

キーワード:ディストピア、世紀末、疫病、文明の危機、ロマンス

 

Memeというハイテクのデバイスが普及した近未来社会では、人びとはコミュニケーションだけでなく日々のスケジュールや記憶のすべてをMemeに頼るようになっている。

常に他人とつながってリアルタイムで無意味な会話を交わし合う現代人は本を読まなくなり、複雑な単語も使わない。使わないと忘れるので、単語の意味が思いつかない場合にはMemeを使って意味を調べる。そのときに利用するのがSynchronicという企業が提供しているWord Exchangeである。チェックして意味がわかったらそれで満足するので、結局人びとは学ばない。デバイスに依存している人びとは、頭を使わなくなっているのである。

紙媒体の書籍は絶滅の危機に瀕しており、アナクロの辞典として最後の砦になっているのが『North American Dictionary of the English Language (NADEL)』だった。


人びとが言葉とその意味を軽く扱う現状を嘆いていたNADELの編集長Doug Johnsonが、最新刊の発売を前に突然姿を消した。NADELで仕事をしていたDougの娘Anana(Ana)は、失跡する前の父親の不可解な言動を思い出し、彼が陰謀に巻き込まれたのではないかと思う。

Ananaは父が信頼していた部下のBartに協力を求めて父を探しだそうとするが、Memeを介して伝染する奇妙な疫病が蔓延し、不気味な集団がAnanaの身を脅かすようになる。しかも、Ananaを捨てた元恋人Maxが絡んでいるようだ。

 

MemeはiPhoneをさらに進化させたようなデバイスで、NADELの編集長Dougの嘆きは、漢字や単語が思い出せないときにネットやワードプロセッサー機能にすぐ頼ってしまう私には耳が痛い事実である。使わない表現はどんどん忘れるので、毎日しゃべっていても書いていてもボキャブラリーは減ってゆくのだ。

本書の中では、Memeのユーザーは難しい単語だけでなく、ambivalence, paradox, naiveといった日常生活で使っている普通のボキャブラリーまで失っている。使えば使うほどデバイスに依存するようになり、依存すればするほど忘れてゆくのである。ひとつの単語についての利用料金は安いが、それが増えると膨大な金額になる。このあたりのWord Exchangeの悪知恵は、すでに現実社会のあちこちで起こっていることだろう。

この物語では、さらにWord Fluという恐ろしい疫病が世界を襲う。Memeというデバイスを通じてウィルスが伝染するのは奇妙だと思うだろうが、科学的に可能かどうかは別として、HIVのようなレトロウィルスに関連した「retrotransposons(レトロトランスポゾン)」で説明しているところが面白い。致命的で深刻な疫病なのだが、感染した人の初期症状として、会話の途中で普通の単語が無意味な単語に置き換わってしまうところがネット世代らしくて奇妙に可笑しかった。

時代に応じて言葉は変わってゆくものだが、過去の本を読めなくなってしまったら、言葉が記録してきた人間の歴史と文化は滅びてしまうかもしれない。そういう危機感を覚えるスペキュラティブ・フィクションである。

テーマが似ている近未来ディストピア小説にGary Shteyngartの『Super Sad True Love Story』があり、「文芸小説」としてはShteyngartのほうを高く評価する人もいるようだ。たしかに文芸としての完成度やショックバリューはあちらのほうが高いと思う。

Graedonの『The Word Exchange』は、不要な部分が多いし、どこかシビアになりきれない甘ったるいところがある。だが、私には『Super Sad True Love Story』より『The Word Exchange』のほうが面白かったし、好感も抱けた。それは、Shteyngartが登場人物たちを駒として扱っているだけなのに対して、Graedonが人物として感情移入しているからかもしれない。『The Word Exchange』の独自の雰囲気や、希望があるエンディングもいい。

読了したときには欠陥があるので満点を与えられないと思ったが、それから数週間たってみると最近読んだ中でもっとも心に残っているのに気付いた。そういう意味では欠陥があっても満点を与えて良い作品かもしれない。

賞を取る作品ではないと思うが、読む価値がある2014年春の話題作である。

 

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