歴代の大統領の本を書いてきたボブ・ウッドワードが、トランプに対してこれまでの大統領に対して決して書かなかったことを書いた Rage

作者:Bob Woodward
ハードカバー: 480 pages
ISBN-10 : 198213173X
ISBN-13 : 978-1982131739
出版社 : Simon & Schuster
適正年齢:PG15(興味がある人ならどの年齢でも)
難易度:上級(7/10、日本の受験英語をマスターした人には読みやすいストレートな文章)
ジャンル:ノンフィクション
キーワード:アメリカ大統領、ドナルド・トランプ、独裁者、国政、トランプ大統領、パンデミック、リーダーシップ

 

ボブ・ウッドワードは、ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件をカール・バーンスタインとともに調査してスクープしたことで知られている。その後もクリントン、ブッシュ、オバマと歴代の大統領についてのノンフィクションを書き、アメリカでは最も知名度が高く、信頼もされているジャーナリストのひとりだ。トランプ大統領についても2018年9月にFear『恐怖の男 トランプ政権の真実』(日本経済新聞社)を刊行している。

Fearには、トランプ大統領の自己中心的な言動、精神の不安定さ、知識不足、忠誠心の欲求、ホワイトハウス側近同士の軋轢が描かれている。トランプ自身が選んだ官僚やアドバイザーなどから、「経済などの知識が小学生レベルなのに学ぶ意欲はなく、証拠が目の前にあっても平気で嘘をつくプロの嘘つき」だと評価されていることが暴かれている本なので、トランプはウッドワードについて決して良い感情は抱いていなかったはずだ。

それなのに、ウッドワードの新刊Rageでは、トランプは17回もの取材に応じたというのだ。筆者はそこに驚いた。録音にも応じており、不可能だった1回をのぞいてすべての会話が録音されている。しかも、トランプのほうから前触れなしにウッドワードに電話をしてきたこともある。

一見不可解な行動だが、実は大統領としてのトランプの衝動的な行動を象徴している。トランプ大統領は、多くの人の証言から、側近からのメモを含めて文章を読まないことで知られている。Rageについて「実は私は昨夜さっと読んだ。とても退屈だった」と言っているが、読書家であっても徹夜しないと読了が不可能なページ数なので、読んでいないことは明らかだ。前作のFearも第三者からサマリーを聞いただけで、自分で読んではいないだろう。このように、誰にでもわかる嘘を衝動的に口にするのがトランプなのだ。

ウッドワードが実際にどのような本を書くのか知らなかったトランプは、前回の本で自分が好意的に描かれていないのは、他人だけに喋らせたからだと不満に思っていたのではなかろうか。そして、自分の言い分をウッドワードに伝えたら、自分がどれほど優れた大統領であるのか説得できると考えたに違いない。つまり、ウッドワードを甘く見ていたことになる。記録に残っているトランプの会話は、「私は史上最も素晴らしい大統領」といった自画自賛で満ちている。

オバマ前大統領への競争心もむき出しで、「私はオバマの頭がいいとは思わない」「過剰評価されていると思う。それに、素晴らしい演説者だとも思わない」と貶さずにはいられない。そして、必ず自分と比べる。「私は最高の学校に行った。私の成績は良かった。私にはMIT(マサチューセッツ工科大学)で40年教授をした叔父がいる。学校の歴史の中で最も尊敬されているひとつだ。そこで40年だ。私の父の弟だ。そして、私の父はその弟よりも賢かった。良い血筋なんだ。エリートについて皆よくあれこれ言うだろう。エリートかね、まったく。彼らは良い家を持っている。ちがうね。私は彼らよりもっと良い家を持っている。教育を含めて私が持っているのは、すべて彼らより優れている」とウッドワードの質問から横道にそれたまま喋り続ける。

元側近たちの証言から浮かび上がるトランプは、まさにこのとおりだ。国にとって重要な問題について話しているときにも、すぐにこのような会話になる。新型コロナウイルス感染症のパンデミックへの対応で国民から最も信頼されているアメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のファウチ博士によると、トランプの集中力は「マイナスの数字」ということだ。そして、どれほど横道にそれても必ず自画自賛にたどり着く。しかも、ファウチ博士などの専門家の意見が正しかったときには、(証拠があるのに)すべて自分の手柄として語る。逆のときには、すべて側近や専門家のミスにする。つまり、誰もが一度は職場で持ったことがある、典型的な最悪の上司だ。

このような会話でウッドワードを説得できると思っていたのがトランプの失敗であったことは間違いない。とはいえ、この本から浮かび上がるトランプ像には驚きはない。これまでの暴露本ですでに明らかになっているトランプの実像を再確認するだけだ。

だが、「暴露本」ではなくてトランプ大統領のサマリーと成績評価だと考えると、Rageは納得できる内容だ。

これまでのアメリカの大統領に対する米国民の評価は多様であり、平均支持率が高かった大統領であっても完璧とはいえない。特に、イラク戦争を引き起こし、クリントン政権が黒字にした財政収支を赤字にして貿易赤字と財政赤字の「双子の赤字」を作ったジョージ・W・ブッシュは、支持率が20%を切るほどの不人気になった。それでも、これまでの大統領には共通する優れた資質があった。それは、実行できたかどうかは別として、大統領にふさわしいCharacter and integrityと呼ばれる誠実さや品位、国を導くリーダーとしての能力を目指して働いていたことだ。

アメリカ国民が大統領に求め、大統領自身が目標とする資質は次のようなものだ。

  • 国民のお手本として言動に注意を払う
  • 自分が専門家である必要はないが、専門家の意見に耳を傾け、そのうえで最終的な結論を出す
  • たとえそれが不人気であっても、国と国民のためになる決断を下す
  • 危機管理能力がある
  • (個人的な偏見があっても)すべての国民を平等に扱うよう心がける
  • アメリカ国民とアメリカの国防を優先する
  • 悲惨な事件や災害があったときには、被害者と家族を慰め、国民を安心させるように働きかける
  • (たとえエゴがあっても)大統領は国民のために働く存在なのだとわきまえる

これまでのアメリカでは、「国民のお手本」としての大統領の演説を学校や家庭で子どもに聴かせるのが慣わしだった。そして、「勉学に勤しみ、品行方正で社会のために尽くし、努力を積めば、いつかあなたも大統領になれるかもしれない」と子どもたちを励ましたものだ。ところが、女性、障害者、移民、マイノリティを公然と貶してあざ笑い、ツイッターで個人攻撃を行うトランプが大統領になってからは、それが困難になってしまった。それは、ウッドワードの本を読まなくても誰にも明らかだ。

ウッドワードのRageは、ジェームズ・マティス元国防長官、レックス・ティラーソン元国務長官、ダン・コーツ元国家情報長官などトランプ政権で働き、大統領が間違った選択をしないよう進言したために職や名誉を失った人々の証言を中心に、トランプにその他の大統領としての資質が徹底的に欠けていることをつぶさに描いている。

トランプは専門家の意見に耳を傾けずに持論を通し、自分に反対する者を次々と首にし、アメリカ国民や国防よりも自分の利益と再選を優先し、自分が良く見えるために真実を捻じ曲げて国民を犠牲にする。トランプが大統領になってから悲惨な事件や災害が続いているが、国民を慰めて一丸にする代わりに、国民のある集団を批判して罪を着せる。新型コロナウイルスの危険性を早期に知っていながらそれを公で隠していたことをあっさり認めたうえで、「責任は取らない」と自分を擁護する。多くの者がトランプの言いなりになっているとみなしているリンゼー・グラム上院議員からパンデミックを制御しないと再選できないと忠告されても対策を取ろうとしない。この点だけでも彼に危機管理能力がないことは明らかだ。

また警察による黒人への暴力に対する市民の抗議デモでもempathy(他人の感情を理解し、共感すること)がないことを暴露している。ウッドワードが、「(白人であるという)特権が、あなたや、ある意味私や、多くの特権階級の人々である白人の多くを洞窟に隔離させているという感覚はありませんか? その洞窟から出る努力をしてこの国の、特に黒人たちの怒りや苦痛を理解しなければならないとは思いませんか?」と尋ねると、トランプは「ないね」と即答し「君は本当にクールエイドを飲んでいるんだね(1978年にカルト集団の人民寺院のリーダーが集団自殺を行ったときに毒を粉末ジュースに混ぜて飲ませたことから、「同調圧力にそのまま従うこと」を意味する)。わあ、君はいったい何を言ってるんだ。私はそんなこと、まったく感じないね」と言った。そして、自分はエイブラハム・リンカーン大統領を除けば、これまで最も黒人に貢献した大統領だと自慢し、それなのに「正直言って、(黒人からの)愛をまったく感じていない」と文句を言うことも忘れない。

Empathyのなさも恐ろしいが、何よりも背筋が凍るのは、トランプの独裁者への率直な憧れだ。

トランプがウッドワードに語った北朝鮮の金正恩最高指導者の関係は、まるでロマンスのようだ。金は手紙の中でトランプを「Dear Excellency(親愛なる閣下)」と呼び、トランプは褒め言葉に有頂天になった。シンガポールで金に会った時の様子を「これまで私が見たこともないほど、いや、史上誰も見たことがないほどの数のカメラだった」とアカデミー賞以上に注目されたイベントだったことを強調した。そして、北朝鮮と韓国の国境で握手をしたときの写真を見せ、「彼は自分の叔父を殺して政府幹部が通りかかる階段に死体を置いたんだよ。頭を切り落として、胸の上に置いて……ナンシー・ペロシ(民主党下院議長)は『さあ、(トランプを)を弾劾しよう』とか言っているが、そんなのタフだと思うかね? タフというのはこういうことを言うんだよ」と金が自分に何でも話してくれる特別な関係であることをウッドワードに自慢したのである。

トランプはさらに、トルコのエルドアン大統領について語っているときに「私が持っている人間関係は面白いね。相手がタフで意地悪であればあるほど私は仲良くやれるんだ。わかるかな?それがなぜなのか、いつか私に説明してくれるかな。いいかい?」と言った。ウッドワードは「(説明は)そんなに難しくないですよ、と私は思ったけれど、何も言わなかった」と書いている。

ウッドワードは、本書の末尾に、これまでの大統領に対して一度も書かなかったことを書いた。

「すべての大統領には、国民に情報を提供し、警告し、国民を守り、真の国益と目標を明確にする大きな義務がある。危機的な状況においては特に、世界に対して真実を伝える対応をするべきだ。トランプは、それをする代わりに、自分の個人的な衝動を大統領としての統治の指針として崇めたてている。

大統領としての彼のパフォーマンスを全体的に捉えたとき、私が出せるのはひとつの結論しかない。

トランプは、この仕事にふさわしい人物ではない(Trump is the wrong man for the job)』」

5 thoughts on “歴代の大統領の本を書いてきたボブ・ウッドワードが、トランプに対してこれまでの大統領に対して決して書かなかったことを書いた Rage

    1. 渡辺さん、
      早速のお返事、ありがとうございました!

      次に読む洋書を選ぶ際、いつもこちらを参考にさせていただいています。
      これからもよろしくお願いいたします。

  1. – Disloyal(Michael Cohen著)
    – Hiding in Plain Sight(Sarah Kendzior著)
    – One Nation Under Blackmail(Whitney Webb著)
    機会がありましたら上記三冊をレビューしてほしいです。

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