俳優イーサン・ホークの自伝的小説 A Bright Ray of Darkness

作者:Ethan Hawke
Publisher : Knopf
発売日:February 2, 2021
Hardcover : 256 pages
ISBN-10 : 0385352387
ISBN-13 : 978-0385352383
適正年齢:R(成人向けの内容)
難易度:8(文学の知識、ニュアンスが理解できなければ、面白さがわからない)
ジャンル:文芸小説(自伝的小説)
テーマ/キーワード:俳優、シェイクスピア『ヘンリー四世 第一部』劇、浮気、離婚、自己破壊的行為、イーサン・ホーク、ユマ・サーマン

 

イーサン・ホークは、映画『恋人までの距離』(Before Sunrise)などで知られるベテラン俳優である。最近ではジェイムズ・マクブライドの全米図書賞を受賞した小説『The Good Lord Bird』をTVミニシリーズとしてプロディースし、主演している。

ホークは、日本にもファンが多いユマ・サーマンと結婚していたことでも有名だ。彼の浮気が原因で2004年に離婚したのだが、その時の周囲の反応(特に男性)は「ユマ・サーマンと結婚していながら浮気して離婚するなんて、何様のつもりなのか?」という呆れであった。

メディアに対するホークの対応も火に油を注ぐものだった。「Martin Luther King Jr. suffered from infidelity, so did John F. Kennedy. You’re more likely to find great leadership coming from a man who likes to have sex with a lot of women than one who’s monogamous.(マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは不貞に苛まれたし、ジョン・F・ケネディもそうだった。偉大な指導者たちをよくみれば、浮気をしない男よりも、多くの女とセックスしたい男のほうが多いとわかるよ)」というとんでもない言い訳をして、男性だけでなく、女性からも「MLKジュニアやJFKと自分が同レベルだと思っているのか?」とさらに呆れられた。

そういうこともあって、ホークが書いた小説にはこれまで興味がなかったのだが、最新作のA Bright Ray of Darknessが業界紙Pulishers Weeklyで星付き評価だったので興味を抱いた。しかも、どうやら自伝的小説のようだ。

まったく期待していなかったので、ニューヨークのJFK空港に到着した主人公ウイリアム・ハーディング(イーサン・ホークの分身)とインド系のタクシー運転手とのやり取りの冒頭部分で驚き、胸を踊らせた。ホークは嫌な奴かもしれないが、文章を書く才能があるのは明らかだ。これまで文芸賞を取っていなかったのが不思議なほど文章力がある。

タクシー運転手は、”People of your kind. They make me feel upset where I breathe(あなたみたいな人。そういう人たちが私が息をする場所をむかつかせるんですよ).””You have everything, but…that is not enough. You are greedy, my friend, am I right? Driven by greed?(あなたはすべてを手にしているのに、それでも満ち足りない。あなたは貪欲なんですよ、私の言うことあたっているでしょう? 欲に操られいるんでしょう?” と決めつける。ウイリアムは「あなたは僕のことを何も知らない」と反論するがタクシー運転者は聞く耳を持たない。これが、離婚当時のホークに対する世論の総括だった。

この冒頭シーンを含め、ホークは自分がやってきたことと、それが他人にどう見えているのかを知っている。その距離感を保ったままで、ウイリアム・ハーディングという徹底的に自己中心的な男の心理と行動を描いている。そこに、イーサン・ホークの小説家としての飛び抜けた才能を感じる小説だ。

この小説では妻はロックスターという設定だが、それ以外はすべてユマ・サーマンだと明らかだ。2003年にリンカーンセンターで上演されたシェイクスピアの『ヘンリー四世 第一部』で、ヘンリー四世を演じたリチャード・イーストンが舞台の上で心臓発作を起こし、ヘンリー・パーシー(Hotspur)を演じていたイーサン・ホークがそれに気づいて観客の中に医師がいないか呼びかけたのは実際に起こったことだ。この小説では登場人物が別名なだけで、同じことが起きる。だから他のこともかなり事実に基づいている「自伝小説」だと想像できる。

けれども、この小説の醍醐味は、ゴシップ的な興味を満足してくれるところではない。ホークが、自分を材料にして、自己中心的な俳優の内面と自己破壊的な言動を見事に描いているところだ。

シェイクスピア劇のところが特に良い。役者が演技にのめり込むときの感覚、自分の感覚と他者の評価のギャップ、役者同士のやり取り、ニューヨーク・タイムズの評価に対して役者が抱く複雑な心境など、残酷なほど鮮やかに描いている。

人間として尊敬できない人物が素晴らしいアートを提供するとき、私たちはそれをどう扱うべきなのか悩むものだ。例えば、映画『戦場のピアニスト』を監督したロマン・ポランスキーのような人物だ。多くの未成年の少女(中には当時10歳だった者もいる)に性的暴力を振るったポランスキーは許されるべきではない罪人だ。それゆえに『戦場のピアニスト』という映画も否定するべきなのかという問題への答えは難しい。ポランスキーとホークが同罪とは言わないが、彼のこの小説は同じようなジレンマを感じさせてくれるアートだった。

素晴らしい小説だからといって、ホークの人間性に対する私の評価は変わったわけではない。相変わらず「自己中心的で、自分にしか興味がない、嫌な男」である。けれども、この嫌な男は、その嫌な男をアートに昇華しているし、その能力を持つ類まれなアーティストだ。

私は、このアーティストの作品を純粋に「素晴らしい!」と評価したいと思った。

Leave a Reply