「お笑い」の名目で植え付けられる差別と性暴力が「正常化」する危険性を語る重要な青春小説 Unscripted

作者:Nicole Kronzer
Publisher ‏ : ‎ Amulet Books
刊行日:April 21, 2020
Hardcover ‏ : ‎ 336 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 1419740849
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1419740848
対象年齢:高校生(PG14、性的なシーンはあるが、特に中高生に読んでほしい本)
読みやすさ:6
ジャンル:YA、青春小説
テーマ、キーワード:コメディ、お笑い業界、サタデー・ナイト・ライブ、improv(アドリブ、即興)、性差別、セクシズム、toxic masculinity(有害な「男らしさ」の観念)、マインドコントロール、ガスライティング、性的暴力

アメリカで日本の漫才やコントに匹敵するのは「improv(アドリブ、即興)」だろう。この業界の最高峰は世界的に名前が知られるコメディ・バラエティ番組「サタデー・ナイト・ライブ(SNL)」であり、この番組のレギュラーになって、自分で脚本を書くことがimprovをやる若者の夢である。

日本の漫才やコントと異なることは沢山あるが、ひとつはアメリカのimprovには才能を鍛えていくコースがあることだ。高校に競技チームがあり、将来のプロを養成するエリートの訓練キャンプなどがある。高校生らはimprovの特訓をしながらも良い大学に進学する。アメリカの有名なコメディアンにはアイビーリーグ大学出身者もかなりいる。Lisa LampanelliとConan O’Brienはハーバード大学、Kate McKinnonはコロンビア大学、(どちらもわが町出身の)Rachel DratchとMindy Kalingは(これまたどちらも)ダートマス大学、Ellie Kemperはプリンストン大学で学んだ。彼らは文章を書くトレーニングも積んでいるので、Tina FayやAmy Poehler、Mindy Kalingなどの女性コメディアンは、素晴らしい文章で読みごたえがあるベストセラー本を次々に出している。彼らが俳優としても活躍し、映画を自らプロデュースするようにもなっている背景には、こういったしっかりした基盤がある。

これらの輝かしいお手本があるために、その道を目指す子供たちも多い。

このYA小説『Unscripted』の主人公は、(作品では別の女性コメディアンの名前が使われているが)Tina FayやAmy Poehlerのような女性コメディアンになることを夢見ている17歳の少女Zeldaである。高校のimprovチームで活躍しているZeldaは、同じような野望を持つ高校生が集まるimprov campで特訓を受け、その後はコメディアンの登竜門として知られるシカゴのコメディ劇場「セカンドシティ」で活躍し、ついにはサタデー・ナイト・ライブのレギュラー出演者になるという将来をすでに設計していた。

コロラド州にあるRocky Mountain Theater Arts summer campという有名なimprov Campに受け入れてもらったZeldaは、母の再婚相手の子供である義理の弟と一緒にミネソタ州からやってきた。到着したZeldaが驚いたのは、女子がほとんどいないことだ。高校のチームでは顧問は女性だし、チームメイトの半分は女子だ。どうやらこのキャンプは女子の受け入れを制限しているようだ。このキャンプでは、オーディションでエリート中のエリートである「varsity team(代表チーム)」が選ばれることになっている。Zeldaはvarsity teamに選ばれたが、女子としてはこの12年で初めてだという。

varsity teamで単独の女子であるZeldaは、チームの男子たちから揶揄と性的ハラスメントのターゲットになった。このチームを指導するコーチは、プロとしてすでに仕事をやっているという20歳のBenだ。Benは隠れてZeldaを誘惑しながらも、公の場で残酷な性的コメントをしたり、見下げる発言をしたりして、彼女を侮辱する。ふだんとても仲良くしている義理の弟は、新しくできたボーイフレンドに夢中でZeldaの混乱や苦悩に気づかない。varsity teamを外れた者は仲良しグループを作って楽しくやっているようでZeldaはますます孤立していく……。

作者のNicole Kronzerは、現在は高校の英語教師をしているが、かつてimprovでトレーニングして俳優をしていたという。そういった経験を持つKronzerが描くimprovキャンプの状況にはリアリティがある。もしかして、彼女自身の体験ではないかと思うほどだ。

何人かの男子は一丸になってZeldaの才能を押しつぶそうとする。そして、すべてのコントで女子のZeldaに「売春婦」といった役割を与え、性暴力に近い扱いをする。それに積極的に参加しない男子たちもZeldaを救おうとはしない。Zeldaがそういった扱いをきっぱり拒否すると、「これだから女は扱いにくい」「だから女をvarsity teamに入れるべきではないのだ」と批判される。指導者はそういった男子生徒のセクシャルハラスメントを抑え込むべきなのだが、Benはかばうどころか率先してZeldaを貶める。そうしながらも、誰も見ていない場所ではZeldaに恋心があることを匂わせて性的な関係に持ち込もうとする。

これまで男性とつきあったことがないZeldaは、ハンサムで才能がある(とみなされている)Benから誘惑され、警戒心をいだきながらも「つきあうとうのは、こういうものかもしれない」とズルズルとひきこまれてしまう。女性だけではなく、男性でもこういうイジメにあった体験を持つ者はいるだろう。体験を積んでいる大人の読者は「駄目だよ、騙されちゃ!」「それはガスライティングだよ!」と言ってあげたくなる。私にとって読んでいて辛いのがこういった部分だった。

でも、それだからこそ、中高生にこの本を読んでもらいたい。
Benや他の男子学生が「笑い」という言い訳でやっていることは差別でありハラスメントなのだと、Zeldaの視点で実感することができるから。

また、高校生が対象のYA小説だが、多くの人に読んでもらいたい本でもある。

その理由は、ときには人を死に追い込むような差別や性暴力が「笑い」の名目で許されること、それが「正常化」されている社会の異常さを教えてくれるからだ。正常化されてしまったら、被害者が「やめてください」と声をあげても、声をあげる者のほうが批判される。

その理不尽さや怒りを、小説を通して自分のこととして体験してもらいたい。

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