戦時中に日系人の強制収容所を体験した認知症の母と作者の、回想録に近い中編小説 The Swimmers

作者:Julie Otsuka
Publisher ‏ : ‎ Knopf
発売日:February 22, 2022
Hardcover ‏ : ‎ 192 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 0593321332
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0593321331
対象年齢:一般(PG12、特に問題となる表現はない)
読みやすさ:6
ジャンル:自伝的小説
テーマ、キーワード:認知症(ピック病)、母子関係、記憶、日系アメリカ人、水泳

とあるスポーツセンターの地下にある水泳プールで泳ぐ常連たちには、彼らにだけ通じるルールや常識がある。プールの外では偉い肩書を持っていても、ここではひとりのスイマーでしかない。週に5日定期的に現れて、延々と1時間泳ぎ続ける人たちは、泳がずにはいられない人々なのだ。その常連スイマーのひとりは、認知症(前頭側頭型認知症、ピック病)を発症したAliceだ。プールの仲間のうちには「Aliceに親切にするように」という決まりがある。ところが、ある日、地下にあるプールの底に亀裂が現れ、彼らの日常はすっかりと変わってしまう。泳ぐ習慣だけは忘れなかったAliceだが、泳ぐのをやめた後には認知症が進行して施設に入所することになる……。

連作短編集のように視点が異なる短い物語で繋がるこの小説は、最初のうちは「プールの常連たちの異なる人生が紹介されていくだろう」という予感を与える。だが、進んでいくうちにAliceと認知症がテーマなのだとわかる。そして、AliceがThe Buddha In The AtticとWhen The Emperor Was Divineの作者として知られるJulie Otsukaの母だということもわかってくる。小説のカテゴリだが、登場するAliceの娘の職業や私生活もOtsukaそのものなので、後半はほぼ回想録として読んでいた。

OtsukaはNPRのTerry Grossとのインタビューで”I’m not really a plot-driven writer. And my background is in the arts, so I’m interested in looking at things as if for the first time and not knowing which details are necessarily important and which are not but just taking them all in and kind of seeing what the gestalt is.”と答えているが、たしかにOtsukaはプロット中心の小説は書かない。アーティストなので、「最初から何が重要なのかを決めずにすべての詳細を観察してから全体像を把握する」というアプローチをするようだ。それが、このThe Swimmersの、特に最初の部分で感じられる。私はさほど熱心なスイマーではないのだが、過去35年ほどいろんなプールを体験しているので、Otsukaが描写する典型的な常連スイマーにはすべて心当たりがある。そのあたりがとても面白かった。

アメリカの施設の欠陥の数々を施設側からの視点で慇懃無礼に書いた部分は、多くの患者や家族が感じる憤りをユーモアに変えている傑作だ。

Otsukaのリリカルな文章は、内容がどの方向に行っても心地よく響く。家族の深刻な病について描いているのに、悲壮にならずして、静かに深い愛を伝えている。だが、この作品については、前半と後半で異なる本のように感じたのが気になってならなかった。プールの亀裂とAliceの認知症とを関連させることもできるが、それがうまく効果を成しているとは思えなかったのだ。

ページ数が少ないし、文章もシンプルなので、分厚い英語の本に怖気づく人におすすめ。

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