
作者:Belle Burden
Publisher : The Dial Press
Publication date : January 13, 2026
Language : English
Print length : 256 pages
ISBN-10 : 0593733312
ISBN-13 : 978-0593733318
対象年齢:一般(特に制限はないが大人向けの内容)
読みやすさレベル:6
ジャンル:回想録(メモワール)、エッセイ
キーワード、テーマ:夫婦の関係、離婚、残された伴侶、心理的な葛藤、トラウマからの回復
マンハッタンに住む裕福なカップルの離婚は珍しいことではない。この回想録の著者Belle Burdenの体験もそういう意味ではありふれた出来事のひとつでしかなかったのだが、彼女は自分の体験を「ありふれた悲劇のひとつ」として埋もれさせることを拒否した。そこがこの回想録の特別なところである。
2020年の新型コロナウィルス流行による緊急事態宣言が出たとき、Bellと夫のJames(仮名)は子供たちと一緒にマーサズ・ヴィニヤード島にある別荘で自宅待機を始めた。Jamesは常に仕事で忙しくしていたが、結婚して20年間ずっとBelleは自分たちの結婚はハッピーで安定していたと思っていた。ところが偶然にJamesの浮気の証拠を発見してしまった。問い詰めたところ、夫は最初のうち「(浮気の関係は)特に意味があるものではない」と結婚を続けたい意図を口にしていたが、翌朝には「I thought I was happy but I’m not. I thought I wanted our life but I don’t.(僕はずっと幸せだと思っていたけれど、今はそうではない。自分が求めていたのは(妻との)この人生だと思ってきたけれど、今はそう思っていない)」と言い残し、子供たちが起きるのも待たず家を出ていってしまった。
アメリカでの離婚では資産の分配と子供のcustody(親権)を巡って大きな戦いが繰り広げられるのだが、Jamesが家を出ていったときには、家も子供たちの親権もいらないと妻に伝えた。つまり、「すべての責任から降りて自由になりたいので、そうさせていただきます」という感じだ。
ここまでの経緯も、結婚が壊れる時によくある話かもしれない。Bellの体験が他の多くと異なるとしたら、彼女がハーバード大学卒の弁護士で、父はヴァンダービルトの家系、母方は著名なモーティマーとパレーの家系で、祖父はCBSの創業者という背景であろう。それゆえに「苦労知らずの金持ちの女性のちょっとした挫折には同情する気はない」という読者もいないわけではない。
私もBellの背景を知ったうえで読んだのだが、とても好感が抱ける内容だった。なぜ読む気になったかというと、2023年にニューヨーク・タイムズ紙の「Modern Love」というシリーズに掲載された「Was I Married to a Stranger?」というエッセイを覚えていたからだ。Modern loveは読者の投稿からNYT紙の編集者が選ぶ愛についてのコラムシリーズなのだが、私はたまにしか読まないし、あまり覚えていない。その中でとても印象に残っていたのがWas I Married to a Stranger?だった(本書が刊行されたときにはまだオンラインで読むことができたが、現在ではリンクがエラーになってしまって読めない)。その時に読んだ感想は、「なんて勇気がある女性なのか!」というものだった。
回想録を読んで最初に驚いたのは、恵まれた家庭で育ち、ハーバード大学で学んで弁護士になった女性でありながら、結婚してからのBellは、夫に従う典型的な専業主婦になってしまったことだった。夫と子供を優先する生活に慣れてしまい、夫が自分に有利な法の手続きをし、経済を取り仕切っていたことにBellが気付いたのは、夫が出ていってしまってからだった。BellがJamesと結婚したとき、彼女は自分の財産でマンハッタンの家とマーサズ・ヴィニヤードの別荘を買い、夫を共同の持ち主にした。そのうえ、結婚してから本人の名前での財産は離婚時に分割しないという契約にもサインしてしまったので、離婚の話し合いのときに夫は自分の稼いだ金をすべて自分のものにし、家を売り払って得たお金を分割するようBellに要求した。そのうえ、子供たちの面倒はみないという身勝手さだ。それでも周囲の人たちは経済的に成功している夫の側につく。このあたりを読んでいると胸が苦しくなってくる。
そんな苦しい状況からBellが立ち直っていく過程がこの回想録の良いところである。新聞のコラムに対してBellが「復讐」していると感じて批判した読者もいたようだが、私はまったくそう感じなかった。最終的に過去の夫に対してBellが「自分とは縁がない見知らぬ人(stranger)」と感じるようになったのが勝利ではないかと思った。

