洋書初心者への「失敗しない完読テクニック」その3

「お勉強癖」を捨てて読書体験を楽しみましょう

日本を離れてもう15年になるので、日本で今「多読多聴」なるものが流行っていることを最近まで知りませんでした。それと関連ある「フォトリーリーディング」はアメリカ発の速読法の一種なんですね。

本家らしき英語のサイトを読んでみると、私が「失敗しない完読テクニック」その2で書いたことにちょっと似ています。でも、根本的な部分が私と信念とは異なるので、ひとこと追記を。

フォトリーディングをはじめ、速読そのものを否定するつもりは毛頭ありません。

授業や論文のために大量の学術書を読まねばならない大学生や専門家には非常に役立つ技術でしょう。私自身、仕事などで短時間のうちに大量の専門書やニュースに目を通すときには、自然と身につけた速読をしています。

けれども、小説やお気に入りのノンフィクションを読むとなると話が違います。

たとえば、すばらしいシェフが時間をかけて作った5コースのフランス料理とソムリエが選んだワインを5分で食べ終えるのがよいことだと思う人はいませんよね。懐石料理でもそうです。空腹を満たすことよりも、場所の雰囲気、流れている音楽(あるいは静寂)、料理の色合い…など味以外の要素も含めて、食の体験全体を楽しんでいるはずです。

趣味の読書もそんなものだと思うのです。

私が何度も読み返す「In the Country of the Young 」(注:これは読みやすさのレベルとしては★★☆☆☆です)という本の第一章はこんなふうに始まります。

“In the palm of his hand, beneath ink stains and scars from careless splatters of acid, Oisin MacDara has three separate life lines”

なんて素敵なセンテンスなのでしょう!

初めて読んだとき、ここですっかりこの本の虜になりました。

主人公と思われるOisin MacDaraの傷だらけで汚れた、けれどもとても興味深い手のひらが目に浮かんできますよね。手のひらにインクのしみと酸による瘢痕があるということは、Oisinが何か特別な仕事をしているということでしょう。でもそれは何なのでしょう?それから生命線が3つに分断しているというのは、過去、現在、そして未来の人生がまったく異なるということなのでしょうか。もしそうだとしたら、どんな過去を引きずり、どんなことが今まさに起きようとし、そしてどんな未来が待っているのでしょう?

こういうことをあれこれ想像しながら読むのが、読書の楽しみでもあります。それにこれほど美しい文を、フォトリーディングや速読で意味だけ抽出するのはもったいないと思いませんか?

ふだん忙しい生活を送っている日本人なのですから、せっかくの趣味の時間にはわざとスローリーディングを楽しむべきだと思うのです。英国のミステリーを読むときに紅茶をいただくとか、風呂につかってワインを飲みながら(健康には良くないと思いますが、私の一番好きな方法)とか、好きな音楽をかけるとか、(またまたお風呂で申し訳ないのですが)お風呂で声に出して朗読するとか、せっかくだから自分らしいユニークな方法で楽しみましょう。

半分しかわからなくても、内容を忘れてしまっても、いいじゃないですか。趣味なのですから。私なんか、30年前から20年前にかけて大好きなアガサ・クリスティの同じ本を(すでに読んだことを忘れて)3冊も買いました。(3回とも楽しんだというのは情けない話ですが、今読んでもまた楽しめそうなのはさらに困ったことです)。

体験者だからこそお約束します。

楽しんでいるうちに、自然と難しい本も読めるようになってきます。

読む速度も速くなります。

洋書の完読でもっとも重要なのは、「読書が楽しくて、待ちきれない」と感じることです。

だからこそ、自分に合った本選びが大切なのです。

にほんブログ村 本ブログ 洋書へ 人気ブログランキングへ

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott についてhttp://youshofanclub.comエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。兵庫県生まれ。 助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。 2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に 新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。 最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社) ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。 翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。 連載 Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク 日本版 洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者 Author, translator, and English book reviewer for Japan Market. Author of "500 best books written in English" for the Japanese market. English book reviewer for Newsweek Japan. Amazon.co.jp Top 500 reviewer.

洋書初心者への「失敗しない完読テクニック」その3」への2件のフィードバック

  1. こんにちは。先日は拙ブログにお出で頂きありがとうございました。こちらに遊びに来ました。
    速読については、私もそれ一本槍ではつまらないと思っていたところなので、我が意を得たりの記事を読み嬉しくなりました。最近は、気に入った小説なら、むかしの英語講読のように一文一文訳していったり、朗読したりも楽しいものです。
    ところで「神たちの誤算」を読みました。楽しい読書でした。詳しい感想は拙ブログに書きましたので、良かったら遊びに来てください。「ノーティアーズ」も読み始めました。
    またお邪魔しに来ます。[E:happy01]

    いいね

  2. 拙書をお読みいただきありがとうございます。
    読書って本当にいろいろな楽しみ方がありますよね。
    私は「嵐が丘」そのものは好きにはなれなかったのですが、ヒースクリフが“Cathy, do come. Oh do-once more! Oh! my heart’s darling! hear me this time, Catherine, at last!” とキャサリンの幽霊を求めて叫ぶところは好きで何度も読みました。こういう読み方でも許してもらえるかしら?

    いいね

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中