心暖まる獣医物語のクラシック—「All Creatures Great and Small 」

二十数年前、ロンドン郊外でホームスティすることになった。ホストは30代のキュートなカップルだった。妻のジャネットは60年代に有名だったポップ歌手のLuluに似ていることが自慢のフレンドリーな女性で、強いコックニー訛りがある夫のジョンからはシャイな優しさが感じられた。3人の子供と2匹の猫は初対面のときから私になつき、一人にさせてくれないほどだった。

ジャネットとジョンの家の中には独立したアパートメントがあり、そこにはジャネットの母親ルースが住んでいた。 中流階級出身らしく上品なルースの髪はまだ60代だというのに真っ白で、笑顔になっても眉間の深い縦じわは消えなかった。ふだん若い夫婦の生活に干渉しないルースと会話を交わすようになったきっかけは、皮肉なことにジャネットの家出だった。そのころには私もジャネットに多くの恋人がいることは知っていたが、まさかそのうちの一人と駆け落ちするとは予想もしていなかった。動揺し混乱する家族の中で、ただひとり黙々と日常作業をこなし続けたのがルースだった。夫の死後ひとりで花屋を経営しつつジャネットを育てたルースは、20年も前から娘の非行には慣れていたのだ。彼女の眉間の縦じわと真っ白な髪の理由が、このときなんとなくわかったような気がした。

家族の危機をきっかけに、ルースは頻繁に私をアパートメントに招待してくれるようになった。手作りのグースベリーパイやルーバーブパイと一緒に、ルースはRoyal Albert Old Country Roses のティーセットでもてなしてくれた。ルースのティーは、ジャネットがマグに直接ティーバッグを入れるものにくらべて格別美味しく感じたものである。

私が自分の家族を持って買いそろえたのは、Royal Albert Old Country Rosesのティーセットだ。あのティータイムで洗脳されてしまったのだ。それ以外にも私がルースに洗脳された英国の産物がJames Herriotである。

ルースが私に打ち明けたのは「作家になる」という夢だった。James Herriotの本を私に手渡し「彼のような本を書きたい」と恥ずかしそうに告白してくれた。死んでしまった彼女の「賢く、品位があり、そして忠実」なボクサー犬を主人公にした回想録的小説を書くつもりで書き留めている手帳も見せてくれた。

James Herriot ( 本名James Wight。1995年死去)はヨークシャーに住む獣医で、当時英国人で彼の書いた回想録と小説のハイブリッドのシリーズを知らない者はいないようだった。けれども、そのころあまり英文の本を読まなかった私は、ルースの紹介がなければAll Creature Great and Smallには巡り合わなかったかもしれない。

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James Herriotの物語に出てくるのは、仕事の後にパブでビールを飲む程度の娯楽しかないヨークシャーの農村に住む人々と、彼らが育てる動物たちである。Jamesが獣医になったのは1940年代でもちろんテレビなんかない。聖書以外の本を読まず、戦争を別としてヨークシャーの片隅の小さな世界から一歩も足を踏み出さずに一生を終えてしまう人々のほうが多い場所に、Jamesは若いよそ者の獣医として住みつく。
よそ者に懐疑的なヨークシャー人やつっけんどんな農民を相手にする毎日は心身ともに疲れるものだっただろうが、Herriotはその体験をユーモアと愛情たっぷりに描いている。彼の職場のボスであるジークフリートはワガママで癖があるが愛さずにはいられない人物だし、彼の弟のトリスタンも人生の落伍者だが笑いを誘う。人物だけでなく、動物にも役者が揃っている。なんせヨークシャーの農村だから治療する相手に可愛いペットはほとんどいない。当然牛や羊のほうが多い。夜中に牛や羊の出産で起こされ、凍えるヨークシャーの牛小屋でシャツ一枚になって牛の胎児を引っ張りだす作業は読んでいるだけで骨まで凍える。けれどもたまには甘やかされたお金持ちのペットから豪華なプレゼントが届くこともある。フィッシュ・アンド・チップスしか食べないので太り過ぎの犬の逸話とか、人前でもつい笑い転げたり、ほろりと涙ぐむ逸話がいっぱい詰まっている。

とくに記憶に焼き付いているのは”The Card Over the Bed” という逸話だ。
動物好きの無一文の老女のベッドの頭上には手書きで「God is Near」というカードボードの標識が掲げられていた。額縁に入ったちゃんとしたものではない。ただのカードボードである。信心深い彼女が案じていたのは彼女が愛する犬たちと死後に再会できないということである。なぜかというと、教会や聖職者から「動物には魂がない」と彼女は聞かされてきたからだ。老犬が息をひきとった後、老女はJamesに彼女の犬や猫たちが彼女と一緒に天国に行くと思うかどうか、正直な意見を求める。
そのときにJamesは迷わずこう答える。

"If having a soul means being able to feel love and loyalty and gratitude, then animals are better off than a lot of humans. You’ve nothing to worry about there.(愛や忠誠心、感謝を感じることができるのが「魂がある」ということならば、動物には多くの人間よりも魂があります。心配することはありませんよ)"

そしてその翌週に老女は天国に旅立つ。

ルースのおかげでHerriotの大ファンになった私はシリーズを全部読み尽くし、夫をファンにし、その後娘もファンにした。そこで、今日はもっと多くの人に広めようと企んでいる。

古い本だからこそ新しいHerriotの本は、心が寒くなっている方には特におすすめしたい。

●読みやすさ ★★★☆☆

ヨークシャーの田舎の人々の会話は、慣れるまで読みづらいと思います。でもそれは作者のHerriotも感じたことです。All Creature Great and Smallの最初のエピソードにその様子が描かれています。でも、(たとえばAyeがYesの意味だとか)慣れるとだんだんわかってきます。
それ以外は、オールドファッションで簡潔な英語で、難解ではありません。最初読みにくく感じるのがノーマルだと思ってください。★★くらいに感じても、慣れればだんだん簡単に感じてきます。

●アダルト度 ☆☆☆☆☆

私は娘が幼稚園のときから笑える話を選んでベッドタイムに読んでいました。幼稚園からおすすめできる内容の本です。

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott についてhttp://youshofanclub.comエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。兵庫県生まれ。 助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。 2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に 新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。 最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社) ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。 翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。 連載 Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク 日本版 洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者 Author, translator, and English book reviewer for Japan Market. Author of "500 best books written in English" for the Japanese market. English book reviewer for Newsweek Japan. Amazon.co.jp Top 500 reviewer.

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