どこまでが現実なのかが分からないことの恐怖 Shutter Island

Dennis Lehane
400ページ(マスマーケット版)
Harper
2003年初版
ミステリー/スリラー/精神医療

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Mystic River(クリント・イーストウッド監督), Gone Baby Gone(ベン・アフレック監督)と映画化された作品がすべて高く評価されてきたDennis Leheneのミステリー/スリラー。マーティン・スコセッシ監督で映画化され、米国では先月公開された。

第二次大戦の記憶がまだ生々しく残る1954年、U.S. Marshal(司法省下の連邦保安官局に所属し、司法・警察権を持つ公務員)のTeddy DanielsとChuck Auleはマサチューセッツ州の沖に浮かぶShutter Islandに向かった。島にある重犯罪を犯した精神病者を収容するAshcliffe(アシュクリフ)病院から患者が1人逃亡したというのだ。初対面の二人はすぐに打ち解け、TeddyはChuckに2年前妻のDoloresを火事で失ったことまで打ち明けてしまう。しかし、そこで伝えなかったのは、放火犯のAndrew LaeddisがAshcliffeに収容されているという事実だ。

島に到着したTeddyたちは医長のCawleyの管理下で調査を始めるが、すぐさまこの病院の異常さに気づく。鍵がかかった部屋から姿を消した女性患者Rachel Solandoについて誰もが嘘をついている。Rachelが遺した暗号に秘密が隠されていることを直感するTeddyはそれを必死に解こうとするが、偏頭痛と奇妙な夢のために集中できない。飲食物に向精神薬をもられていることを疑うTeddyがChuckを含めて誰も信用できないと感じ始めたとき、嵐のために最も危険な重犯罪者が収容されているWard Cで停電が起こり、パートナーのChuckが姿を消す。

●ここが魅力!

プロットが優れていても文章のお粗末さで読み進めることができないミステリーがありますが、 Lehaneに限ってはその心配がありません。彼の作品の魅力は、何といっても哀愁にみちた静謐な文章です。 また、アイルランド系移民が最初に住み着いたボストンのドーチェスター地区で生まれただけあり、「男はタフでなければならない」というアイルランド系の男性心理を描くことにかけても卓越しています。感情を表現するのは弱者がすることだ、と叩き込まれた男性が抱く情動もこの本の魅力でしょう。

精神病者や精神病院を描いているShutter Islandは異様な雰囲気に満ちたミステリーなので、これまでMystic RiverなどでLehaneのファンになった人には少々意外に感じるかもしれません。けれども、ホラーではなく、純粋に心理ミステリー/スリラーです。Teddyの過去、孤島の精神病院の秘めた謎、消えた女性患者の真相、暗号、奇妙な夢の意味するもの…など複雑なプロットで決して飽きさせません。

精神病院や精神性疾患を扱った心理スリラーはこれまでにも沢山ありましたから、途中から何が起こっているのか見えてきて、最後のどんでん返しで驚きを覚えないかもしれません。けれども、”「私は正常だ」と言っても皆が「あなたの精神は異常をきたしている」と言ったら、精神病院から抜け出すことはできない”という恐怖、どこまでが現実でどこまでが幻覚なのか、誰を信じて良いのか、といった不安の数々を見事に描いています。精神疾患の取り扱いについて疑問を持つ方がいるかもしれませんが、舞台が第二次世界大戦からたった9年後の1950年代だということも忘れてはならないと思います。

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精神病院のMedfield State Hospitalの跡地など、マサチューセッツ州に分散しているいろいろな場所がマーティン・スコセッシ監督の映画ロケに使われました。また、この本を読んでいるときに、以前にご紹介した写真集「Asylum」(写真右は1例)のことを何度も思い出しました。それらのおかげで、読書中、まるでその場にいるように感じた作品でした。地元の作家ですし、場所の雰囲気が分かるので、それだけでもちょっと得点が上がったかもしれません。

下は映画のトレーラーです

●読みやすさ ★★★☆☆

記憶や幻覚のような夢が現実とごっちゃになって混乱するかもしれませんのでご注意を。

●アダルト度 ★★★☆☆

セックスシーンや性的な表現は出てきますが、頻出するわけではありません。戦争や殺人の話題があります。高校生以上向け。

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott についてhttp://youshofanclub.comエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。兵庫県生まれ。 助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。 2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に 新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。 最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社) ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。 翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。 連載 Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク 日本版 洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者 Author, translator, and English book reviewer for Japan Market. Author of "500 best books written in English" for the Japanese market. English book reviewer for Newsweek Japan. Amazon.co.jp Top 500 reviewer.

どこまでが現実なのかが分からないことの恐怖 Shutter Island」への2件のフィードバック

  1. Goodreadsからとんできました。こちらにこの本のレビューがあったんですね。映画を見る予定は無いのですが(私、ディカプリオが苦手なんです)、この作家は「Mystic River」「Gone Baby Gone」を書いた人だと知って、興味を持ちました。映画のプレビューではゴースト・ストーリーに見えなくも無いのですが、スリラーなんですね。なかなか面白そうなので、近いうちに読みたいと思っています。彼のライティング・スタイルにすんなり馴染めるかどうか、ちょっと気になっていますが、読み始めると案外入り込んじゃうかもしれませんね。この本が気に入ったら、彼の他の作品も読んでみようと思っています。
    P.S. 夫の実家がボストンなので、それも期待感を上げています。小説中で自分の知っている場所が舞台になっていると、楽しみが増えますよね。

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  2. こんにちは、Kazさん。
    GoodreadsでいつもKazさんの本棚を楽しみにしています。
    これやってるもので、なかなかあちらのほうのレビューが書けないんですよ(涙
    私も実はディカプリオは得意ではありません。彼が出演する類いの映画は好きなのでけっこう観てますが。
    これは心理スリラーで、超常現象はありませんです。彼の文章は好きなほうです。ちょっとハードボイルド的な男のロマンスが漂っていて。
    ご主人の実家がボストンということでしたら、ぜったいに楽しめますよ。私もサウジーのアイリッシュ系の親友がいるので、彼女たちの思い出話がぴったりきちゃうんです。Mystic RiverもGone Baby Goneもそういう意味でとても楽しみました。

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