ある中流階級の家族を通じて自由の国アメリカ合衆国の現代を描いた大作 Freedom

Jonathan Franzen
576ページ(ハードカバー)
Farrar Straus & Giroux
2010/8/31刊行

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●筋書きをあまり知りたくない方への短いバージョン

Patty, Walter, Richardの3人は、大学時代に知り合う。バスケットボールの花形選手で競争心が強いのに自己評価が低いPatty、Pattyに惚れ込む善良なWalter、Walterの善良さを愛する親友のくせに彼が好きになった女の子に手を出しては捨てるロックミュージシャンのRichard。愛情と競争心で繋がる3人の複雑な関係は、PattyとWalterが結婚した後もくすぶり続けている。


人生の半ばでそれぞれが問題を抱え、怒りや鬱を感じているときに、この関係のバランスが崩れ、互いを深く傷つける出来事に発展する。

ある中流家族をめぐる親子関係、愛情の三角関係、家族崩壊、 贖罪、というテーマは、よくある商業作品と変わらない。しかし、フランゼンの作品が一線を画すのは、ありきたりなテーマを扱いつつも、現代アメリカを見事に描いているところである。 Walter、Patty、Richardの人生を通して、現代アメリカ合衆国の社会経済的構造、政治的対立、米国的民主主義の矛盾を描くこの作品は、文中でPattyが読むトルストイの「戦争と平和」の現代米国版という見方もできる。

●ある程度知ってから読みたい方への長めバージョン

ミネソタ州の郊外に住んでいたころのWalterとPattyは、隣人たちから見るとどこにでもいるような若いカップルだった。Walterは環境保護に熱意を抱く穏やかな性格で、妻のPattyの言いなりになっている。Pattyは、家事もできるし、他人の悪口は言わないし、近所の子供たちの世話まで買って出る完璧な専業主婦だ。Pattyに欠陥があるとすれば、息子のJoeyを夫のWalterより溺愛していることぐらいだった。

しかし、子供たちが思春期にさしかかったころから、WalterとPattyの世界が崩壊しはじめる。Joeyは自己中心的で傲慢な若者に育ち、Pattyが最も忌み嫌う隣人の娘と性的関係を持ち、家を出てそこに居候するようになる。娘のJessicaは、弟ばかりを溺愛する母親とは既に距離を持っている。
大学でバスケットボールの花形選手だったPattyは、根本的には競争心が強いのだが、それを抑えこんで、自分の母親とは反対の専業主婦を選んだ。だが、得意だった子育てを終え、Joeyに裏切られて、長い鬱に陥る。

徹底的に環境保護派のWalterは、ワシントンDCに移り、野鳥保護のトラスト運営の大義名分のもとに、ブッシュ大統領やチェイニー副大統領に近い人物の炭坑ビジネスでウエストバージニアの山頂を破壊する事業に関わることになる。そしてJoeyは、共和党の思想を支持し、手っ取り早い金儲けのためにイラク復興の堕落した再建事業に関わる。愚かな人類への怒りと罪悪感、家族のトラブルのためにWalterは心理的な破綻をきたす。

大学時代、Pattyが恋心を抱いていたのはWalterのルームメイトで親友のRichardだった。お互いに惹かれるものがあったものの、どちらもWalterの善良さを愛するために諦めたのだった。真面目で善良なWalterと女性関係にだらしないロックミュージシャンのRichardは、正反対のタイプだが、兄弟より強い愛情と競争心で結ばれている。愛憎混じる複雑な三角関係が、人生の半ばにさしかかったところで、互いを深く傷つける出来事に発展する。

最初は第三者の視点で登場人物が紹介され、その後、Pattyの自伝(カウンセラーの薦めで治療の一部として書いたもの)、Richardの視点、Walterの視点と移り変わる。視点が変わることによる微妙な変化が、彼らをさらにリアルにしている。

Walter、Patty、Richardの波乱に満ちた人生を通して、現代アメリカ合衆国の社会経済的構造、政治的対立、民主主義の脆弱さを描く大作である。

●感想

先日書きましたように、私はPretentiousな(もったいぶった、つくりものの)「ブンガク」が好きではありません。
二次情報に基づいた人物描写は、どんなに素晴らしい文章であっても、嘘っぽく感じます。
FranzenのFreedomは、前評判に迷わされないよう、プロの書評をまったく読まずに読みました。また、Picoultたち女性作家の批判も考慮して読みました。

そして読み終えた私の正直な感想は、「最近読んだ本の中では、最も優れた作品」というものです。

どうしてこのような結論に達したのかを、なるべく簡単にご説明しましょう。

1)登場人物全員に真実味がある
 

登場人物それぞれが、リアルに描かれています。前作のThe Correctionsもそうですが、彼が見せつける人間の嫌な部分に非常に説得力があります。今回も、見たくないような嫌な部分を突きつけられるのですが、それでも彼らを徹底的に嫌いにはなれません。
それは、彼らが私たちのように、「良い人間でありたい」と願いつつも過ちを犯し、大切な人々を傷つけてしまう愚かな人間だからです。愚かな人間を突き放しているようで、実は突き放していないのが、今回のFranzenです。

2)心理描写や社会風刺が的を射ている

文芸作品を読んでいるときに「そんなこと思うわけないだろ」とか「その社会風刺は、TVニュース見て野次飛ばしているオヤジレベルでっせ」とツッコミを入れたくなることがよくあるのですが、Freedomに限っては、こんなに長い作品なのに1度もありませんでした。

それどころか、女性の登場人物を含め、「なんでこんな微妙なことまで知っているのだろう?」と感心するほどの洞察力です。そして、独自の皮肉なユーモアを含む表現も脱帽ものです。

たとえばこんな部分です。

鋭利だが自己中心的で反抗的なJoeyの矛盾した心境を描く部分:

…it also touched off something like a panic. He’d asked for his freedom, they’d granted it, and he couldn’t go back now.

妻に裏切られ、自分を崇拝するインド人アシスタントに惹かれながらも、モラルで理性を取り戻してしまうWalterの心情(p 318):

To throw away his marriage and follow Lalitha had felt irresistible until the moment he saw himself, in the person of Jessica’s older colleague, as another overconsuming white American male who felt entitled to more an more and more: saw the romantic imperialism of his falling for someone fresh and Asian, having exhausted domestic supplies.

Walterが米国と欧州の差について語る部分(p 362):

“… The reason the free market in Europe is tempered by socialism is that they’re not so hung up on personal liberties there. … The Europeans are all-around more rational, basically. And the conversation about rights in this country isn’t rational. It’s taking place on the level of emotion, and class resentments,”

3)ちっぽけな人間関係やどこにでもあるような恋愛を描きながら、現代アメリカを包括的に描ききっている

Picoultたちが、NYT紙の書評欄がchick litを見下している、といった批判をしましたが、Freedomも扱っているテーマは女性作家がよく書く商業的作品とあまり変わりません。ある中流家族をめぐる、親子関係、愛情の三角関係、浮気、 家族崩壊、 贖罪、などですから。けれども、Franzenの作品が一線を画すのは、ありきたりなテーマを扱いつつ、現代アメリカを見事に描いているところです。作品の中でFranzenがトルストイの「戦争と平和」を登場人物に読ませていますが、現代でこの形を試みたのではないかと感じました。

4)希望を与えるエンディング

何よりも私が驚いたのは、エンディングです。繰り返される、怒り、鬱、悲劇は、いつものFranzenです。でも、今回のFranzenは、人間の弱さ、愚かさ、失敗などを許し、どんな人間にでも潜んでいる「Goodness(善良さ)」を、あざ笑わずに信じさせてくれます。
不覚にも、私は最後の20ページほど目がうるうるでした。

細かい字で600ページ近い長編ですが、1行として無駄を感じませんでした。
The Correctionsから9年かかったのは、Franzenが完璧主義者だからでしょう。
背景となるすべての社会情勢、登場人物のすべての感情、などが「真実だ」と感じるまで徹底的に書き直したのではないかと思います。

近年で最も読み応えを感じた1冊でした。

●読みやすさ やや難しい

私にとっては、すっと入り込める読みやすい文章でした。
けれども、この本の良さを理解するためには、現代アメリカの政治状況を理解する必要があります。米国在住で政治ジャンキーの私にはすぐに思い当たることばかりですが、日本に住んでいる方は(どんなにニュースを読んでいても)ピンとこないのではないかと思います。

●アダルト度

性的描写やグロいところはあります。高校生以上が対象です。
けれども、高校生が読んでも良さが分からないし、面白くないと思います。
40歳以上で、いろいろ体験した人でないと、今回フランゼンが与えてくれた「希望」の意味があまり理解できないと思うのです。

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott についてhttp://youshofanclub.comエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。兵庫県生まれ。 助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。 2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に 新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。 最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社) ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。 翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。 連載 Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク 日本版 洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者 Author, translator, and English book reviewer for Japan Market. Author of "500 best books written in English" for the Japanese market. English book reviewer for Newsweek Japan. Amazon.co.jp Top 500 reviewer.

ある中流階級の家族を通じて自由の国アメリカ合衆国の現代を描いた大作 Freedom」への8件のフィードバック

  1. どうなのかなぁと思って読まずにいましたが、
    これはぜひ読もう!と思わされるようなレビューでした。
    いつもありがとうございます☆

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  2. こんにちは、ちょこさん。
    この本は、私とちょうど「同時代」なんですよね。だから情緒的にも、すんなりと入り込むことができたと思います。
    ですから、若い世代の人はどう感じるのか、ちょっと不安ではあります。
    私の娘だとたぶん途中で放り投げるでしょうから(笑)。
    もう一度「戦争と平和」読んでみようかな、なんて思わせてくれました。それが副産物です。

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  3. こんにちは☆
    私は渡辺さんの娘さんの
    10歳ちょっと上かなと思います。
    放り投げないまでも(笑)、
    感じ方は違ってきますね、きっと。
    そこらへんも楽しみつつ読んでみます。

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  4. やっと読み終わりました。
    こんな簡単な一言で片付けるのはどうかと思いますが、面白かったです!
    確かに人間関係だけを見れば、Chick litでもありそうな感じですが、一人ひとりの人物描写が細かく、どんなに嫌な部分を見せられても、その人の動機付けやそれまでの人生とともに、なんとなく理解できてしまうところとか、ものすごく嫌なのになぜかすっきりとした気分で読めてしまうのが不思議でした。
    WalterとLalithaがはじめてRichardに彼らの仕事の話をする会話が面白かったです。こんなに売れてる本でこうして扱えるトピックになってきたのかなというのも興味深かったです。それと、本全体を通してのFreedomという現代の概念に対する考察と言うかも多面的で、いろいろな登場人物を介して一緒に「自由」を再考してみました。それが環境や周りに与える影響を含めて。
    終わりで私も希望を感じましたが、まだそうは言っても20代(笑)。渡辺さんの考察もどこかで聞かせてくださいね☆
    10年後くらいに、また違った社会風潮の中で、もう少しの人生経験とともに読んでみたいなと思いました。

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  5. ちょこさん、
    ご苦労さまでした〜。
    いろいろ考えさせられる本でしたよね。
    そして、何よりも面白かった。
    でも文学界って面白いですね。
    The Correctionsは米国図書賞をとったのに、これは候補にも入らなかったのですから。私はFreedomのほうがずっと面白かったんですがね(^^)
    うちのダンナは最後のほうのPattyの家族の話が余計だって感想でしたが、私は「あれはPattyが、成長して自分を見いだすところだから大切なんだよ」という反論でした。

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  6. あら、そうなんですね。The Corrections、私は読んでないのです。あらすじをさらっと読んで、だめかもしれないと思ったのでした。元気がないと読めないかなと。いつか挑戦してみたいです。でもほんと、面白いですね。
    Pattyの家族の話は、私も渡辺さんと同じように思いました。比べるものをまだ知らない子供にとって家族の存在は大きく、そこで受ける影響は計り知れないと思います。大人になり、様々な経験をしたPattyがそこにまた戻って、自分という存在をを新たに確認するのはとても大事なことだと思いました。欲を言うと、私はJoeyの心の内が最後のほうで、もう少し知りたかったです。なんとなく伺えはしましたけど。
    今また新しい本を読んでるのですが、読み始めたばかりというのもありつつ、どこぞ物足りないです。Freedomと比べて、キャラが薄いとか言ってちゃだめですね(笑)。

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  7. はじめまして。昨年末からこっそり洋書選びの参考にしていました。東京の北村隆志といいます。まだ洋書歴1年ですが、やはり歯ごたえのある作品でないと読んでもつまらないので、洋書読書をつづけるためには面白い作品をと思って探しています。私は社会派の文学が好みなので、Let The Great World Spin は渡辺さんの書評も見て、Kindleで読みました。たいへん、面白くNYに行きたくなりました。ちなみにその前に読んだThe Help は感動しました。今度のおすすめのFreedomも紀伊国屋書店Webの書評空間で「現代アメリカをみごとに描いた」と評していて、気になっていました。渡辺さんの紹介でいっそう興味がわきました。読みたいリストに加えておきます。これを機に今後もよろしくお願いします。

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  8. 北村さま、
    こんにちは。
    「こっそり」というところに、つい(^^)してしまいました。
    歯ごたえがある作品がお好きなのですね。
    でも、わかります。Freedomはいいですよ。
    1年に1冊だけ読むなら、努力してもこれを読むべき、と周囲に押し付けています。

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