マイクロソフトの誕生と日本のコンピューター業界の夜明けがノスタルジックな Idea Man

 
Paul Allen
ハードカバー: 368ページ
出版社: Portfolio
発売日:2011/4/19
回想録/マイクロソフト
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マイクロソフトといえばビル・ゲイツ、ビル・ゲイツといえば「世界で一番のお金持ち」(ビル&メリンダ・ゲイツ財団に1/3以上の財産を寄付した後でも常にトップ3)である。だが、このゲイツの巨大な影に隠れて歴史から忘れ去られた人物がいる(というか、本人がそう思っている)。それが、マイクロソフトの共同創業者であるポール・アレンだ。

アレンは、自分がゲイツと同等のパートナーとしてマイクロソフト誕生に尽くしたのに、正統な評価を与えられていないことを不満に思ってきたようだ。本書は、アレンの回想録だが、マイクロソフト誕生での彼の貢献を論証するための本だとみなされている。


Billgates ポール・アレンがビル・ゲイツに初めて会ったのは、シアトルの私立学校のコンピュータールームだった。アレンが10年生(日本の高校2年生、15才)、ゲイツが8年生(日本の中学3年生、13才)のときで、個人が使える小型のコンピューターがSFのコンセプトに過ぎなかった時代である。当時の写真の数々からはこの2人が2才しか違わないのが信じられないくらいだが、ゲイツは当時から先輩に対する気遅れなどは感じていなかったようだ。クラブの中で最も情熱を抱く2人は互いに最も親しい存在になる。

読者にとって最も読み応えがあるのが、この少年時代からマイクロソフト誕生までの経過だ。コードを書くことに熱中していたわりには、彼らは他にもいろんなことをしている。ナードといっても日本人が想像するようなナードではない。そして、こんなにいろんなことをしながらも、ゲイツの場合はちゃんとハーバード大に入っている。この辺りを読むと、ゲイツもザッカーバーグも、ハーバード大に入ったから成功したのではなく、入る前から成功するような人物だったということが分かる。日本では若者の好奇心が高まるこの時期に大量の時間が受験勉強と塾に通うために失われる。それが残念だとつくづく思った。

Allen_gates アメリカのメディアで特に話題になっているのが、アレンが描いたビル・ゲイツの実像だ。50ー50の同等のパートナーとして始めたのに、自分のほうが貢献しているからとシェアを60ー40にすることを要求し、その後さらに「ハーバード大学を中退してまで貢献している。殆どの仕事は僕がやっている」と64−36に変えさせたゲイツは、いかにも抜け目がない人物のように見える。意見が異なると何時間も怒鳴り合いをせずにはいられないゲイツに疲れ果ててマイクロソフトを去る決意をしたアレンにとって、ゲイツとの思い出には苦いものがあるようだ。

だが、さほどひどい書き方をしているわけではない。不満は感じられるが、同時にアレンにとってゲイツがいかに重要な人物であるかを告白している本でもある。なんやかんや言っても、アレンはゲイツとの昔の友情が恋しいのではないだろうか。

アレンが言うように、アレンもゲイツも技術の専門家(specialist)ではなくgeneralistだというのは納得できる。大きな視点を持つジョブズと技術専門のウォズのコンビとはそこが違う。アレンは自分でそれを認めてはいないが、だからこそマイクロソフトが成長し始めたときにアレンは不要な存在になったのではないだろうか。アレンがいなければマイクロソフトは誕生しなかった。けれども、マイクロソフトが今のように巨大になるためにはアレンは不要だった。悲しいことに、アレンの回想録がそれを露呈しているように思う。

私が特に好きだったのは、マイクロソフト初期にアレンとゲイツが築いた日本との絆である。先進的なマイコン雑誌「I/O」を創刊し、アスキーを創立した西和彦氏は、なんと水着姿の写真入りで登場する。西氏や日本の部分を読むと、 マイクロソフトにとって日本と日本のマーケットがいかに重要だったかが分かる。そして、黎明期の日本の企業戦士たちのがむしゃらさも懐かしい。この部分を読んで、「日本にもこんな時代があったんだ…」とノスタルジックになる人はきっといるだろう。私は当時の日本人の「新しいことを始めよう!」とする興奮やエネルギーが恋しい。

ノスタルジックになるだけでなく、この部分は日本の読者にある重要な視点を与えてくれる。それは、アメリカという国やアメリカ人が、常に日本を下に見て「利用してやろう」と策略しているのではないということである。アレンの文章からは、彼らが西氏や日本企業の数々をパートナーとして貴重に思っていたことが感じられるし、これだけのページを割いているところからも、その重要さが伝わってくる。

日本を初めて訪問したとき、アレンとゲイツが乗っているホテルオークラのエレベーターにオノ・ヨーコとジョン・レノンが乗り込んでくる。そのときの彼らの反応の差が可笑しい。この当時は緊張のあまりレノンに何も声をかけられなかったアレンが、マイクロソフトの成功後には、ボノやミック・ジャガーなど有名なロックミュージシャンと気軽に会いジャムセッションをする仲になるというのは、なんだか出来過ぎのおとぎ話のようである。

こういうところは回想録としては出来が悪いかもしれないが、マイクロソフトの株で大金持ちになったアレンが、バスケットボールチームとフットボールチームを買い、乗務員が50人もいる船を持ち、プライベートな宇宙船、映画、脳の研究、など好奇心の向くままに投資してゆくのは、大人になりそこねた子供を見ているみたいで、けっこう面白い。

とはいえ、一般的に本書は「ビル・ゲイツ」を読解するための本として扱われるだろう。

この回想録に描かれているゲイツは、これまでよりさらに親しみが持てる存在だ。変人ではあるが、いわゆる絵に描いたようなナードではない。スピード運転でつかまったり、ウォータースキーで骨折してもすぐにまたやるような、フィジカルなところがある。競争心が激しく、ルールを勝手に破ったりするが、ビジネスでは現実的である。そして、何よりも、彼の集中力や先見の明、ビジネスだけではなく慈善活動でもアレンを遥かに超えた貢献をしているゲイツには脱帽せざるを得ない。

アレンの目指した読み方はできなかったかもしれないが、私はおおいに楽ませてもらった。

●読みやすさ 中程度〜やや簡単

回想録なので、読解に苦労する必要がなく、英語にある程度なれている人であれば、するする読めると思います。

 

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