精神的な疾患がなくても起こる「幻覚」の数々 Hallucinations

Oliver Sacks
ハードカバー: 352ページ
出版社: Knopf
ISBN-10: 0307957241
ISBN-13: 978-0307957245
発売日: 2012/11/6
ノンフィクション/精神心理学/行動科学

2012年「これを読まずして年は越せないで賞」ノンフィクション部門候補作

最近ではあまりなくなったが、私は何度も「幻覚」を体験している。
だが、このために病院に行ったことはない。
幻覚が現れるのは特定の時だけであり、日常生活を脅かすことはなかったから治療の必要性を感じなかった。もうひとつの重要な理由は、本書でサックス(Sacks)博士が紹介している実験のように、他に何の症状もないというのに、幻覚(特に幻聴を伴う場合)があるだけで「統合失調症(日本では2002年まで「精神分裂病」と呼ばれていた)」と診断を下す精神科医が多いからである。たまに現れる「幻覚」よりも、誤診のほうが日常生活を脅かすことは間違いない。

サックス博士は、本書「Hallucinations」で、精神科での治療を要しない人が体験する「幻覚」のバラエティとその原因を、事例を挙げてつぶさに説明している。


最初に紹介されるのが、Charles Bonnet syndrome (CBS, シャルル・ボネ症候群)である。
人生の途中で視力の一部から全部を失った人には、高頻度で幻覚症状が起こる。(ちょっと乱暴なまとめで申し訳ないが)脳が見えない部分を補おうとする補完が過剰に行われてしまうのである。あたかも視力が戻ったかのように見える幻覚もあれば、幾何学的な模様だけのこともあるし、奇妙な格好の人々が歩き回るものもある。
いずれにせよ、幻覚が起こっている人にとっては迷惑なことである。
なんせ、幻覚は自分でコントロールできないのだから。

他にも幻覚を引き起こすいくつかの原因(要因)が紹介されているが、私が得に興味を抱いたのは次のものである。

1)片頭痛(migraine)と幻覚

片頭痛がある人はよく知っていることだが、激痛や吐き気だけでなく、特異な視覚障害も症状のひとつである。激痛の前駆症状の場合もあれば、痛みを伴わないこともある。
典型的な視覚障害は、キラキラ光る(目障りな)ジグザグである。それが形を変えながら視界を移動する。視界の真ん中に来ると、本やスクリーンの字が読めなくなるので、仕事をするのが不可能になる。私もよく片頭痛になるのだが、ほんとうに迷惑な持病である。
ひどい視覚障害になると、読んでいる本のページが白紙になってしまうものもや、ジグザグに別の物が加わることもあるようだ。これも幻覚のひとつなのである。

2)子供の高熱に関連した「せん妄(delirium)」

私の娘が幼い頃、インフルエンザなどで高熱が出るたびに何らかの幻覚があった。真夜中に両目をしっかり開けたままで「紫色のゾウがいる〜。怖い〜」と部屋の隅を指差すのである。でも、ある程度知識があったので、「熱が出ると、そういうものが見えるんだよ」と説明して安心させたものである。その娘が、中高で読んだサックス博士の本の影響を受けて脳科学を学んでいるのだから、面白いものである。

3)マラリアの薬‘Lariam’による幻覚

マラリアの予防薬の副作用には極彩色の夢や幻覚があることが知られている。この薬は半減期が長いらしく、服用をやめた後でも後遺症が長く残ることがあるらしい。私もパナマに行ったときに服用したが、サックス博士が体験したような幻覚はなかった。特徴ある発疹は出たけれど。

4)入眠時幻覚(hypnagogic hallucination)

私がよく体験するのが、これである。
普通の人は、入眠から90分後くらいにREM(レム睡眠)になるのだが、この入眠時幻覚を起こす人は、入眠直後にレム睡眠に入ってしまうらしいのだ。頭は覚醒しているのに身体が麻痺するparalysisが起こり、そこに幻覚が加わるから恐怖の度合いも強いのである。
高校生のときに部屋で姉と会話をしているときに彼女の後ろに帽子を被った男性が立っている幻覚を見て「振り返ってみて、いるから」と言って気味悪がられたことがあるが、白雪姫に出て来るような小人たちが現れて足の指を突くので「足の指を突くのをやめるように言って!」と夫に頼んだときには、「こいつ、頭大丈夫か?」と本気で心配されたようである。

他にも、ストレスと睡眠不足が重なっているときに、目を開けたままで美しい音楽を伴う幻覚が何度かあったが、この本によると、そういう体験をしている人はけっこうあるようだ。わざとこの状況を作り出した有名な作家の逸話も出て来る。

これらの症状と関連しているのが、ナルコレプシー(Narcolepsy)と脱力発作(cataplexy)である。診断を受けていないけれども、軽いナルコレプシーとそれに伴う脱力発作がある人は多いらしい。私もその1人だったと思う(今は症状がない)。
中高生の頃、自転車に乗っている間に眠ってしまったり、喋っている途中で眠ってしまったり、ステージで合唱を歌っている最中に眠って倒れたことがある。

娘には幻覚はないようだが、入眠時のparalysisがあるので、「マミーのせいだ」と恨まれている。

 

意外と身近にある「幻覚」について学べる興味深い本である。

TEDでサックス博士がこの本の内容に触れているので、ぜひご覧になって欲しい。

http://embed.ted.com/talks/lang/ja/oliver_sacks_what_hallucination_reveals_about_our_minds.html

●読みやすさ 普通からやや読みやすい

医学用語が頻出しますが、それ以外はシンプルで読みやすい文章です。
文章を解釈する必要がないので、日本で英語を学んだ人には特に分かりやすいタイプの本です。
小説が苦手な人にも、ノンフィクションが苦手な人にも読みやすい本です。

●おすすめの年齢層

特に問題部分はありませんので、医学に興味があるお子さんなら中学生くらいから大丈夫でしょう。

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott についてhttp://youshofanclub.comエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。兵庫県生まれ。 助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。 2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に 新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。 最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社) ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。 翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。 連載 Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク 日本版 洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者 Author, translator, and English book reviewer for Japan Market. Author of "500 best books written in English" for the Japanese market. English book reviewer for Newsweek Japan. Amazon.co.jp Top 500 reviewer.

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