8年ぶりのエイミ・タンの新作『The Valley of Amazement』

著者:Amy Tan

ハードカバー: 608ページ

出版社: Ecco

ISBN-10: 0062107313

発売日: 2013/11/5

適正年齢:R(成人向け、性的コンテンツあり)

難易度:上級レベル(英語ネイティブの普通レベル)

ジャンル:歴史小説(19世紀から20世紀にかけての上海)、大河小説

キーワード:courtesan(高級娼婦)、mother-daughter relationship(母娘関係)

 


Violet Minturnは、アメリカ人の母が経営する上海の高級娼館Hidden Jade Pathで育った。Hidden Jade Pathは高級娼館の中でも特別な存在であり、多くの商談が取り交わされる会員制クラブの趣があった。それを経営するVioletの母は裕福なだけでなく、ある種の権力を持っていた。権力者の娘であるアメリカ人のVioletも、母が雇っている中国人高級娼婦たちとは異なる階級に属していた。

政治が不安定になり、母のLuluは娼館を共同経営者に任せて安全なアメリカにVioletと移住することを決意する。だが、サンフランシスコへ出航する日に母の愛人の策略で14歳のVioletは母から引き離され、Madam Liの娼館に売り飛ばされてしまう。母が救出に戻ってくると信じていたVioletだが、Luluは戻ってこなかった。

最初は抗おうとしたVioletだが、自分が純粋なアメリカ人ではなく中国人との混血だということや、誰にも頼ることができない現状を、ショックで麻痺した心で次第に受け入れるようになる。

Violetは、Madam Liの娼館で母の元で働いていたMagic Gourdと再会する。Magic Gourdはかつてtop 10 beauty(人気投票でトップ10になった娼婦)に選ばれたトップクラスのcourtesanだったが、適齢期を超えて二流の娼館に身を落とす危機に直面していた。Magic GourdはVioletの教育係としての地位を確保し、無知で自我の強いVioletに高級娼婦の鉄則を教える。そのひとつはカスタマーに恋をしないことだったが、15歳でデビューしたVioletは、カリスマ性がある若き実業家Loyalty Fangに運命的な出会いを感じ、心まで預けてしまう。だが、男性にとってcourtesannは擬似恋愛の対象でしかないという現実を思い知らされ、改めてビジネスウーマンとして生きる決意をする。

 

なんせ8年ぶりの新作なので、エイミ・タンの作品を全部読んでいる私はそれだけで興奮したのだが、5月末のBook Expo Americaでエイミ・タンから新刊のARCにサインしてもらえて、大興奮だった。

 

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ホテルの部屋で読み終わったサイン入りARCところ。

 

これほど楽しみにしていたのにすぐ読めなかったのは、『ジャンル別 洋書ベスト500』執筆の追い込みにかかっていたからだが、それを終えた後でもなかなか読了することができなかった。

何度かスタートしたのだが途中でストップしたのは、これまでのようにどっぷりと浸ることができなかったからだ。

まず気になったのは、Arthur GoldenのMemoirs of a
Geisha
(下記)との共通点だ。


 

処女courtesanの最初の「旦那(suitor)」になる権利を候補者が入札するところや、詩や物語の語り、音楽や歌の演奏という芸を身につけてパーティのコンパニオンの仕事をするところ、またリタイアした高級娼婦が娼館の女主人として経営を切り盛りするところなどで、いつのまにかGoldenの作品とTanの作品で「日本版」と「上海版」の比較をしている自分に気づいた。

Tanにはこれに母と娘の関係やfamily saga(大河小説)の要素が加わるので違うところも多いし、日本と中国の高級娼館で文化や歴史を比較するのは、なかなか興味深い。だが、読者が無意識にこういう比較をしてしまうのは、大家の新作としては問題ではないかと思うのだ。

「客を相手に恋をしないように」と注意されていても感情をコントロールできずに胸の痛みを体験し、せっかく愛をみつけても失ってしまう悲劇なども、初めてこういった作品を読む読者には感動的であろうが、沢山読んでいる人には先が読めすぎてしまってつまらない。最初に予感したことが、ほぼ全部的中してしまったので、600ページがひたすら長く感じた。

そして、私にとって最も残念だったのが、Amy Tan独自のユーモアのセンスが欠けていたところである。ファンとしては、泣きながらも笑える作品をぜひもう一度書いて欲しい。

とはいえ、ストーリーテラーとしてのTanの才能はあちこちで発揮されている。彼女の作品を全部読んでいる私のようなダイ・ハードなファンを除けば、読者がAmazonに星5つをつけるレベルの濃厚な大河小説である。また、前作の『Saving Fish from Drowning』(2005年)よりもずっと出来が良いので、復活を喜ぶファンもいるだろう。

 

ところで、『洋書ベスト500』に選んだのはTanの代表作である『The Joy Luck Club』だが、私が一番好きなのは『The Hundred Secret Senses』である。まとまりには欠けているが、悲劇だけでなく笑いがある。興味深い歴史とマジック・リアリズムが程よく混じり合っていて、意外性があるのも良い。

私の好みの順にTanの作品を並べてみた。好みがあるので、参考にはならないが、比較すると面白いかもしれない。

1.The Hundred Secret Senses

見えない片目で死者が見える中国人の異母姉とハーフの妹が輪廻転生で繋がるユニークなストーリー。ドラマチックな過去の悲劇の愛と、現代に蘇る人々のドラマが胸を打つ。


 

2.The Joy Luck Club

著者を有名にした処女作で、彼女の作品のなかでは最も完成度が高い代表作。


 

3.The Bonesetter's Daughter

理解しあえない母と娘だったが、母がアルツハイマーにかかったことをきっかけに娘は中国の山村で育った母の過去を知る。歴史小説として興味深かった。


 

4.The Valley of Amazement

上記のとおり。


 

5.The Opposite of Fate(回想記)

Tanのファンには非常に興味深い回想記。映画『Joy Luck Club』の撮影で中国に行ったときの逸話も面白かった。


 

6.The Kitchen God's Wife

良い作品だが、悲劇につぐ悲劇がしんどかったので、個人的にはあまり好みではない。


 

7.Saving Fish from Drowning

ファンとしては「駄作」と呼ぶのが残念でならないのだが、駄作である。ユーモアある作品にしたかったと思うのだが、それを失敗した作品。これは読まなくても損はしない。


 

 

 

 

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