辛抱強く読み続ければ次第に面白くなる今年のブッカー賞受賞作『The Luminaries』

著者:Eleanor Catton

ハードカバー: 848ページ

出版社: Little, Brown and Company

ISBN-10: 0316074314

発売日: 2013/10/15

適正年齢:PG15(高校生以上)、娼婦やアヘン中毒が出てくるが、露骨なシーンはない。

難易度:超上級レベル(英語ネイティブでも読みづらい)

ジャンル:文芸小説/歴史小説(19世紀ニュージーランド)/ミステリ

キーワード:ゴールドラッシュ、占星術、犯罪、復讐、ロマンス、超常現象

2013年ブッカー賞受賞作


 

ゴールドラッシュ時代の19世紀ニュージーランドが舞台。Godspeed船で嵐の夜にHokitikaに到着したスコットランド人の青年Walter Moodyは、The Crown Hotelの喫煙室で12人の男たちと出会う。偶然その場に居合わせたように振舞っている彼らは、出身地も階級も明らかに異なる。本国で弁護士の資格を持つ紳士のMoodyは、速やかに彼らの信頼を得て会話に加わる。12人の男たちは、最近町で起こった事件の真相を突き止めるために集まり、それぞれの秘密を告白しあっていたのだった。


選挙運動でHokitikaに到着した議員候補のAlistair Lauderbackは、休憩を求めて立ち寄った家でCrosbie Wellsが死んでいるのを見つけ、その後意識不明の若い女が道に倒れているのを発見した。意識不明のAnna Wetherellは娼婦で、アヘンでの自殺未遂と判断されて刑務所に入れられた。それと同じ日、町で最も裕福なEmery Stainesがこつ然と姿を消した。そこにいた12人は、この3人と直接的、間接的に深く関わっていたのである。

 

正直言って、最初のうち非常に印象が悪かった小説である。何度も読むのをやめようと思った。

最初の悪印象の原因は、もったいぶった解説にある。

たとえば、以下のようなWalter Moodyの人物描写である。

Moody's natural expression was one of readiness and attention. His gray eyes were large and unblinking, and his supple, boyish mouth was usually poised in an expression of polite concern. His hair inclined to a tight curl; it had fallen in ringlets to his shoulders in his youth, but now he wore it close against his skull, parted on the side and combed flat with a sweet-smelling pomade that darkened its golden hue to an oily brown. His brow and cheeks were square, his nose straight, and his complexion smooth. He was not quite eight-and-twenty, still swift and exact in his motions, and possessed of the kind of rouguish, unsullied vigor that conveys neither gullibility nor guile. He presented himself in the manner of a discreet and quick-minded butler, and as a consequence was often drawn into the confidence of the least voluble of men, or invited to broker relations between people he had only lately met. He had, in short, an appearance that betrayed very little about his own character, and an appearance that others were immediately inclined to trust.

この部分で、「若い頃には巻き毛だったけれど今は短くしていてポマードつけてるからナチュラルな金髪より濃い色に見えてるとか、このストーリーには全然重要ではないことをクドクド書くな!」とムッとした。Moodyの説明だけではない。すべてに長文の解説がついてくるので、なかなか前に進まない。余計なものを削ぎとるミニマリストのアプローチが好みの私には「鼻につく」表現があまりにも多くて辟易していた。

だが、「この本は、こういうところを楽しむべき本ではないか!」と発想を転換したとたん、がぜん面白くなってきた。

もったいぶった仰々しい表現も、香辛料やバターを沢山使った高級レストランの料理や飾りが多いヴィクトリア朝の家具のようなものだと考えると、ふだん読まない贅沢な文章を楽しむ貴重な体験のような気がして楽しめる。多くの登場人物の欲と偽りと愛も、ディケンズ時代のcomedy of mannerを描いた小説のようだと思うとなかなかのものである。

また、ディケンズ時代の小説にはないユニークな構造にも感心した。パートが進むにつれて、だんだん最初の説明文が長くなり、本文が短くなってゆくのである。そして、現在のリアリスティックな結論が出た後に、ミステリが起こった日に向かって過去が進んでゆくのも効果的だ。ストーリー中のミステリだけでなく、小説そのものが謎解きなのである。本書の作者が28歳だというのが信じられないほど熟練した作品であり、ブッカー賞受賞に同感せずにはいられなかった。

ただし、登場人物があまりにも多くて入り込みにくいために諦めてしまう読者は多いだろう。

そこで、読みやすくするためにヒントをもうひとつ。

本書のタイトルThe luminariesは、西洋占星術における天体で最も輝ける存在の太陽と月のことである。読後に振り返ると、なかなかロマンチックなタイトルだ。

Character chartとして登場人物がStellar、Planetary、Terra Firmaと分かれているが、この意味も後半になると理解できるようになるので、チャートが読みやすい紙媒体をおすすめする。(キンドルでも読めるが、小さいのが難)。そして、大きめの紙に登場人物を書いて、事実が浮かんでくるたびに矢印で人と人を繋いだり、メモをつけると全体像が見えやすくなる。それをしないと、混乱する可能性があるので要注意。

時間はかかるが、読後感が良いので、読了すれば決して後悔はしないだろう。

 

P.S.来年からアメリカ人作家も対象に含めるというブッカー賞だが、こういう作品が受賞するところをみると、「ブッカー賞がアメリカナイズされる」ことはあんまり心配しなくてもいいだろう。少なくとも今のところ。

 

 

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott についてhttp://youshofanclub.comエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。兵庫県生まれ。 助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。 2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に 新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。 最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社) ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。 翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。 連載 Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク 日本版 洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者 Author, translator, and English book reviewer for Japan Market. Author of "500 best books written in English" for the Japanese market. English book reviewer for Newsweek Japan. Amazon.co.jp Top 500 reviewer.

辛抱強く読み続ければ次第に面白くなる今年のブッカー賞受賞作『The Luminaries』」への9件のフィードバック

  1. ああ,これは面白そうですね。私の中では、ブッカー賞受賞作は、凄くいいと思ったものと、え何これ?というものとがあるんですが、この作品の19世紀のニュージーランドというのにも惹かれます。
    それにしても、アメリカの作家も来年から含まれるというのは知りませんでした。何だか違うものになってしまいそうで怖いです。^^;

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  2. Johnnycakeさま、
    そうですね。ブッカー賞は個人的に当たり外れがけっこうあります。
    今回も外れかと思ったのですが、ちゃんと読んで良かったです。
    最後のページがとても美しくて何度か読み返してしまいました。
    それを楽しんでいただきたいので、ぜひお試しください。

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  3. はじめまして。
    凄い小説ですね。妖しい表紙に惹かれて購入し、1/4を過ぎたあたりです。
    あまりの難しさに放り出そうかと思っていたときに、このページにたどりつきました。凝りに凝った表現に少し慣れて来て、かなり興味が湧いてきたので、もう少し頑張ろうかと。
    「ジャンル別洋書500」およびこのサイトを参考に、GOne Girl, Mystic River, The Lock Artist, 11/22/63, Millennium Trilogyなど、読みました。的確な批評とコメントに感謝しております。
    しかし、この作品は、あらゆる意味で別格のように思います。

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  4. wkempffさま
    素敵なコメントと拙著への感想をありがとうございます。とても嬉しいです!ちょうどBookExpo Americaが今日で終わり、クタクタでボストンへの電車を待っているところです。今年発売される注目の新刊と情報をたっぷりと仕入れてきましたが、読めるのはいつのことやら…です。頑張って発売までにご紹介できるように致します

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  5. 再びwkempffです。
    ついに完読しました。4週間弱かかり、11/22/63(同程度の長さですね)の1.5倍以上時間を要しました。
    辞書はたくさん引かなくてはならないし、私の英語力をちょっと(はるかに)超えた作品でしたが、読んでよかったと思います。
    300ページを超えたあたりから、ふっと、読むのが楽になってきました。そして、ゴールドラッシュの町の様子、多雨の気候でずぶ濡れになりながらイギリス貴族のような装いを崩さないスノブ、極限的な生活の中国系の人々、そして高級?娼婦の息遣いが感じられるような気持になってきました。最後の、魂が昇華するような場面も美しかったけれど、MoodyがHokitikaから歩み去る場面もいいですね。
    繰り返しになりますが、Gone Girlを一押しで紹介いただいたこと、そして、この小説の「辛抱強く読み続ければ、、、」というコメントに、深く感謝します。
    しかし、「 A ship made of matchsticks in a bottle is a feat of construction but not necessarily a great work of art. 」という、英国のある夕刊紙の批評にも、ほんのわずか、同意してしまう部分もあります。
    アドバイス通り、20人の主要人物を円周上に並べ、関係を線で書き込んでいきましたが、ついに、線の総数60本を超えました。

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  6. 先日のコメントに続き、古い記事へのコメントで申し訳ありません。今年のブッカー賞がもうすぐ発表される時期ですが、遅まきながら昨年受賞した本作を読みました。最近は本を読むたびに、渡辺さんが書評を書いていらっしゃるかどうか確認する癖がつきました。
    最初は本の分厚さに気が引けたのですが、物語のおもしろさにすっかり引き込まれました。12の星座と8つの天体それぞれに対応するキャラクター設定や緻密なストーリー構成は「すごい!」の一言。物語のはじめに提示される数々の謎がだんだん解けていくのには、ジグソーパズルのピースが徐々にはまっていくみたいに、ゾクゾクする快感を覚えました。

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  7. Sparkyさま、
    コメントありがとうございます!
    この作品は、本当に一筋縄ではいかない小説ですが、いったん読み終えるとマラソンを走り終えたような満足感がありますよね!
    苦労そのものが楽しい、というか。。。
    そして、何よりも読後感がいいのが素敵です。
    苦労して読んだ後にがっくりすると、本当に立ち直れないですからね(笑)。
    今年のブッカー賞候補の中にもけっこう読み応えがある作品があります。そういうのが受賞して欲しいと心から願っています(読みたくない作者のもあるので)。

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  8. 『The Finkler Question』(Howard Jacobson)の記事にコメントを書きたかったのですが、コメント欄がすでに閉じられていたので、申し訳ないのですがこちらに。同じ作家の作品で、2014年ブッカー賞候補作だった『J』を読んだところなので、その感想を書きたかったのです。
    『The Finkler Question』は私には難解すぎて、途中投げ出しそうになりながらやっとのことで読んだものの、消化不良感がいっぱいだった覚えがあるのですが、『J』はそれに比べると格段に読みやすかったです。「ユダヤ人」「ホロコースト」という言葉はまったく使われていないけれど、『The Finkler Question』と同じく、主題はそこにあるようですね。ある登場人物の「『彼ら』があるからこそ『我ら』がある。ゆえに、調和のとれた社会を築くためには反目・対立が不可欠である」という逆説的(?)な論理がよく理解できず、頭の中をグルグルと回っています。
    こういう本を読むと人間観や世界観が悲観的になってしまうので、反動として(私の場合) Alexander McCall Smith の本を読みたくなるのですが、本棚に控えているのは、これも2014年のブッカー賞候補作『The Lives of Others』(Neel Mukherjee)です。またまた重そうです(笑)。
    渡辺さんの前のコメントで「ブッカー賞候補の中に・・・読みたくない作者のもある」というのが気になっていました。誰のかなぁ・・・って。

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  9. Sparkyさん、Finklerのコメント欄閉じてました? そういう設定にしたつもりがないので、もしかするとグリッチかもしれません。
    また見ておきますね。
    ところで、「読みたくない作家」というのは、ご推察のようにHoward Jacobsonです。書きたいことはわからないでもないけれど、もうこのテーマは飽きてるんですよね。読者に新しいものを与えてくれないし、ユダヤ人以外の読者に「共感」や「開眼」というものを与えてくれないのに、なぜ何度も候補にはいるのか。そこに何というか、審査員の個人的なアジェンダを感じてしまって嫌なんです。
    「読まねばならないテーマだから」読めっての、なんだか無理やり水飲み場に連れて行かれる馬みたいで嫌なんですよねえ。。。
    というわけでもうJacobsonをトライする気はない私なのでした〜(^^)

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