前評判が良くても出来が悪い本があるという例『The Summer Prince』

著者:Alaya Down Johnson

ハードカバー: 289ページ

出版社: Arthur a Levine

ISBN-10: 0545417791

発売日: 2013/03

適正年齢:PG15(高校生以上、性とバイオレンスのコンテンツあり)

難易度:中級レベルだが、プロットと文章がイマイチなので何が起こっているかわかりにくい

ジャンル:YAファンタジー

キーワード:ディストピア、ラブストーリー(?)

 

未来のブラジルの都市Palmares Tresが舞台。

世界戦争で多くの都市が壊滅した後、生き残った男性の多くが死亡し、Palmares Tresは何世紀にもわたって女性が支配してきた。最高権利者はQueenで、名前だけで権力がないKingが5年ごとに選ばれて1年後に生贄にされる習わしである。


8歳のときに初めてKingが生贄にされる祭典を見たティーンエイジャーのJuneは、今年のKingの選挙を情熱的に追っていた。候補のうち、Juneが応援しているのは貧困階級のEnkiだった。Kingに選ばれたEnkiは、その性的魅力でPalmares Tresを支えている社会のコアを揺るがせてゆく。裕福な支配者階級に属しているJuneと彼女の親友Gilは、Enkiと親密な仲になり、複雑な愛情を育てる。

いわゆる問題提議をする類のディストピアYAファンタジーだが、プロットにも問題がありすぎるし、浅はかすぎて問題提議になっていない残念な作品。

 

●悪いレビューを書いた理由

意外かもしれないが、20歳の娘の世代はキンドルよりも紙媒体の読書を好む。だからキンドルに興味がなかった娘だが、ロンドンに留学することになりようやく大量に本を持ち運ぶ必要のないキンドルの良さに気づいたようである。「一番軽いキンドルを貸して」と頼んできた。「なんてやつだ」と思ったが、6ヶ月の間私のペーパーホワイトを貸すことにした。

「すでにキンドル本は1000冊あるから、その中から絶対に読みたいものがみつかるはず」と言ったのだが、「授業のために読む本とは異なる娯楽本が欲しい」という希望で、彼女が選んだ本をいくつか買った。

そのうちのひとつがYAファンタジーの本書だった。娘が選んだのは、NPRで非常に良いレビューだったかららしい(私はレビューは読まなかった)。

読み始めてすぐに私の頭の中は「?」でいっぱいになった。

文章がまずひどい。beautiful amazingという単語を連発してbeautifulとamazingを説明するのは、どこの文章教室でも「やってはならない」と教えられることである。娘の小学校5年生の担任は、毎日そういうエッセイの宿題を出していたくらいだ。それを、この作者は平気でやっている。なぜbeautifulなのか、ちっとも分からない私は、イライラして本を壁に投げつけたくなった。

また、SFやファンタジーのファンにとって「world building(世界観)」は非常に重要な部分である。歴史、経済、地理、文化人類学、物理、科学などに精通している著者の作品は、プロットと同様にその世界のディテールが面白い。それらの知識ベースがないと、辻褄があわなくなってくるから、読んでいるこっちが辛い。この『The Summer Prince』は、その代表作品だ。思いつきの世界観で書いているから、5分ごとに"It doesn't make a sense!" と本に向かって怒鳴らねばならない。…….疲れた。

主要登場人物3人がまたペラペラの薄っぺらい人格で、全然好感が抱けない。2人はただの甘やかされたバカ者(若者)だし、1人は若さと美貌とセックスを武器に使う(どこにでもいる)誇大妄想の若者にすぎない。私が知っている現実の(ふつうの)高校生のほうがよほど才能もあるし、勇敢だし、欠陥があっても魅力的だ。なぜゆえに、現実よりもくだらないフィクションのキャラクターに付き合わねばならないのか?主人公はアートの才能があって、それを大事にすることを主張するが、最後までそのアートの素晴らしさが不明だった。

ロンドンにいる娘とスカイプしたときに「あの本読んだ?」と尋ねたら、「あまりにもひどくて読み進められなかった。あんなの買ってごめん!でも、NPRが薦めたから買ったのに」と酷評していた。

私たち二人の意見が「徹底的にくだらない作品」で一致したのに、なぜゆえにNPRもPublishers Weeklyも褒めているのか?そっちのほうが興味深い。

私が思うには、彼らはこの本が表層的に扱っているテーマを「問題提議している」と勘違いしているからだろう。確かに、人種が混じったブラジル社会での社会経済的な不均衡、テクノロジーの発達とそれに抗う社会の問題、不老不死、女性が支配する社会、同性愛…などの「時事問題」を扱ってはいるが、その取扱が浅はかすぎる。だいたい、350歳にもなった者が、10代の若者の性的魅力にそう簡単にまどわされることはない。舞台になっている未来のブラジルを司る女性たちも、もっと知識を蓄えていて、成熟している筈だ。それらの大人をこれほど軽く扱うというのは、作者に人間観察が足りないことを示している。だからこそ、私はこの本が許せない。

ふだんこのブログには「まあまあお薦め」から「とてもお薦め」だけを載せるようにしており、面白くない本については読んでも書かないのだが、この本だけは騙されて失敗する人がないように書いておこうと思った。

しかし、どこがひどいのかを確かめたい人は、読んでみてもいいかもしれない。

 

 

 

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