SFの代表的な賞を総なめした知的で画期的な作品『Ancillary Justice』

著者:Ann Leckie(長篇小説はこれが初めて)
ペーパーバック: 416ページ
出版社: Orbit
ISBN-10: 031624662X
発売日: 2013/10/1
適正年齡:PG12(中学生以上。性的関係に関する表現は出てくるけれど、シーンはない)
難易度:最上級レベル(設定が難しく、ネイティブでも混乱する。よくある単語が通常とは異なる使われ方をしている)
ジャンル:SF
キーワード:スペースオペラ(昔の感覚ではなく)、宇宙船、帝国、闘い
シリーズ(三部作)名:Imperial Radch
賞:Hugo, Nebula, British Science Fiction, Locus、Arthur C. Clarke賞

赤道直下でも10℃以下にしかならない氷に閉ざされた惑星で、Breqと名乗る兵士が探索の旅をしていた。個人的な復讐を遂げるために、ある物を手に入れる必要があったのだ。Breqはその途中で、道に倒れて凍え死にしかけている者を見つける。以前仕事を共にした士官のSeivardenだと気付いたBreqは、自分の目標を達成する邪魔になると知りつつも救助する。だが、SeivardenのほうはBreqに見覚えはない。


なぜなら、BreqはSeivardenが昔搭乗していた宇宙船「Justice of Toren」の「Ancillary」だったからだ。

この銀河系宇宙を支配するRadch帝国では、何千人もの兵士を移動させる大型宇宙船は人間の身体にAIを埋め込んだ改造人間のAncillaryを沢山持っている。ときに何百から何千人もいるAncillaryの個々が宇宙船の目であり手足なのである。Radchの兵士たちは、外からは人間に見えるのに感情がなくて無表情な Ancillaryたちに複雑な思いを抱いている。無理やり人格を奪われて道具にされたAncillaryたちは、命令には速やかに従うし、有能だが、不気味な存在だ。

Breqは、かつて宇宙船「Justice of Toren」そのものであり、多くのAncillaryの一部であり、One Eskと呼ばれる個体のAncillaryだった。感情を持たないはずの宇宙船であり、その付属品でしかないOne Eskが、「個人的な理由」で不可能に近い復讐を決意したのは、19年前に惑星Shis'urnaで起きた出来事のためだった。

***

ヒューゴ賞とネビュラ賞のダブル受賞をする作品はけっこうあるが、『Ancillary Justice』は、それに加えて英国SF協会賞、ローカス賞、アーサー C.クラーク賞と代表的な賞を総なめした破格の存在だ。

最初のうちは何が起こっているのかよくわからないが、読み進めるうちに「これはすごい!」と思わず唸り声を出してしまう。「Mind-blowing」という表現がピッタリするほど特別なSFだ。

Radchの社会にはジェンダーの区別がなく、三人称の代名詞はみな「she(彼女)」と呼ばれる。ヒロインは、かつて宇宙船「Justice of Toren」そのものであり、One Eskと呼ばれる個体のAncillaryであり、現在は外からは人間にしか見えないBreqである。このToren/One Esk/Breqのアイデンティティには魅了されずにいられない。

宇宙船には感情などないはずだが、実は船にも士官の「お気に入り」とそうでない者がいる。そして、Seivardenは宇宙船Torenのお気に入りではなかった(One Eskそのものとしての体験ではないので、Seivardenは彼女に見覚がない)。また、個々のAncillaryには個性などないはずだったが、 One Eskは少し違っていた。Breqになって19年間人間のふりをしてほぼ成功しているのに、ジェンダー差がある別の惑星社会ではsheとheの見分けを間違えて常に混乱しているところも可笑しい。

Acillary(付属品、助手、装備品)という単語が通常とは微妙に異なる形で使われているが、この作品ではそういった通常とは異なる単語の使われ方が多い。
また、最初のうち現在のBreqと過去のOne Eskの体験が交互に語られるので混乱するかもしれない。

だが、それらを心得てから読み始めると混乱を避けられるだろう。

アーシュラ・ル=グウィンの『The Left hand of Darkness』を連想させる部分もあり、知的で、挑戦的で、ユーモアのセンスもあり、久々に読みごたえがあるSF作品だった。

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott についてhttp://youshofanclub.comエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。兵庫県生まれ。 助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。 2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に 新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。 最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社) ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。 翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。 連載 Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク 日本版 洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者 Author, translator, and English book reviewer for Japan Market. Author of "500 best books written in English" for the Japanese market. English book reviewer for Newsweek Japan. Amazon.co.jp Top 500 reviewer.

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